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≪8月18日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月18日(日)07時28分24秒
返信・引用 編集済
  ・2013年 8月18日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『≪ゲン≫が読めない?』
(本文)
昨年12月に亡くなった漫画家の中沢啓治さんに、あるとき手紙が届いた。「はだしのゲン」を読んだ小学生の母親からだった。息子がトイレに一人で行けなくなった、と。中沢さんの書いた返事がいい。
「息子さんは、すばらしい感受性の持ち主です。ほめてやってください」。昨夏(さくか)、本紙のインタビューで語った話だ。代表作で描いた原爆の悲惨さが児童に伝わったと知って、うれしくなったのだろう。
”ゲン”は、中沢さん自身の被爆体験をもとにしているが、広島で当時、目(ま)の当たりにした光景は、作品での表現よりはるかに酷いものだった。絵は子ども向けに押さえて描いたという。それでも時に「残酷すぎる」といわれたと述懐している。

この海外にも知られた名作を、子どもたちが自由に読むことができなくなった。松江市内の私立小中学校の図書館でのことである。旧日本軍がアジアの人々の首を切り落としたりする場面があり、暴力描写が過激だと市教委が判断したのだという。
市議会への陳情が発端らしい。”ゲン”が「間違った歴史認識」を子どもに飢え付けるから、撤去すべしという内容だった。さすがにそこまではしなかったが、最近まで好きに触れることの出きたものがなぜ突如、駄目となるのか、解せない話だ。

地獄図のような場面を見れば、だれしも恐怖を感じ、戦慄を覚える。しかし、そんな経験から戦争の恐ろしさ、罪深さを思い知る。子どもの感じる力や考える力を、中沢さんのようにもっと信じてはどうか。

・ 8月18日 『≪ゲン≫が読めない?』
(ポイント・要約)
1.昨年12月に亡くなられた、漫画家の中沢啓治さんが描いた、『はだしのゲン』に
  関連した話であるということです。
2.『はだしのゲン』は、中沢さん自身の被爆体験をもとに、当時の広島で目(ま)の当た
  りにしたことを、子ども向けに押さえて描いたものであるということですが、≪それ
  でも、残酷すぎる≫という人たちもいるということでrしょうか。
3.今般、松江市内の小・中学校の図書館で、松江市教育委員会で、旧・日本軍がアジア
  の人たちの首を落としている暴力描写の資料が過激過ぎだということから、併せて、
 『はだしのゲン』が、間違った歴史認識を子どもたに植えつけるという意見も出たよう
  です。
4.地獄図のような場面を見れば、恐怖を感じ、戦慄を覚えるが、そんな経験から、
  戦争の恐ろしさや、罪深さを子どもたちが感じる力や考える力をつちかって
  いけると信じてはどうだろうかという筆者の意見です。

(所感)
難しい話ですね。個人的には、小学生には、きついかも知れないと思います。

オーストラリアの博物館で、旧・日本軍兵士が、≪ミカン箱の上に押さえつけられた敵兵士を、日本刀を大上段に振りかざし、今にも首を切り落そうとしているのを、傍で上官が睨みつけている≫写真が展示されているのを見た時、ショックを受けたました。
しかし、これが、≪真実≫なのだろう・・・目をそらしてはいけない、と感じたものです。
 
 

日韓関係の泥沼化

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2019年 8月17日(土)14時05分39秒
返信・引用
  アベゾーの無茶苦茶な外交政策の中の日韓関係である。

日本政府は7月以降、相次いで半導体材料などの韓国向けの輸出規制を強化し、8月には輸出手続き簡略化の優遇措置を受けられる対象国(ホワイト国)から韓国を除外する政令を閣議決定した。
アベゾーや世耕(経済産業相)は「あくまでも韓国の輸出管理や運用が不十分なことを踏まえた運用見直しだ」「もともと日韓関係に影響を与える意図はなく、何かへの対抗措置でもない」とぬけぬけと述べていた。
が、これは真っ赤な大ウソである。なぜなら6月初めにアベゾーは、「元徴用工問題についての韓国大法院判決に関して、韓国政府がこの判決に従うならば、何らかの報復措置をとらねばならない」と明確に答えていたのだ。このようなミエミエの大嘘は日本国民の嫌韓感情を利用したものである。

もと徴用工問題に関する韓国大法院判決に関して、アベゾーは日韓請求権協定によって解決済であり、判決は国際法に違反していると繰り返しているが、これはアベゾーの浅はかで恥知らずな解釈である。

元徴用工などの個人の損害賠償請求権を国家間の協定によって消滅させることができないということは、今や国際人権法の常識である。またこれまで日本政府や最高裁判所も、日韓請求権協定によっても個人の損害賠償請求権は消滅しないと解釈してきたはずだ。

韓国の元徴用工問題と性質を同じくする中国人強制連行・強制労働問題に関しては、1972年の日中共同声明による中国政府の戦争賠償請求権放棄後も、2000年花岡事件に関する鹿島建設和解、2009年西松建設和解、2016年三菱マテリアル和解などがなされ、日本企業から和解金が支払われているが、その際、日本政府は日本企業の和解金の支払いに一切口を挟まなかった。

しかしながら、今回の韓国徴用工問題に関しては、日本政府は日本企業が韓国大法院判決に従って賠償金を自発的に支払うのを抑えるような言動を繰り返している。

日本政府が韓国に対し一定の措置をとるにあたっては、かって日本が韓国を侵略し、植民地にした歴史があることを忘れてはならない。今回のような報復的な輸出規制は韓国政府と韓国国民をますます「反日」に追いやり、日韓関係を泥沼化させる危険性が大である。

アベゾーのオツムの中の理解度が狂っているのか、単純に日本国民の嫌韓感情を代弁しただけなのか、まったく不可解である。

韓国の文大統領について言えば、最近は少々韓国世論を気にする傾向はあるが、親父や爺さんの威光だけで首相になったアベゾーなんかに比べれば、雲泥の差がある。かっての軍事政権時代から人権弁護士として活躍し、同じく人権はとして有名だったノムヒョン大統領の秘書室長もやった。今の文政権にはやはりかっての学生運動家や軍事政権時、政治犯としてとらわれていた人権は弁護士が多数連ねている。

ともあれ、アベゾーなんかと比較すれば、「月とすっぽん」ぐらいの違いがあるのだ。
 

≪8月17日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月17日(土)07時30分15秒
返信・引用 編集済
  ・2013年 8月17日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『甲子園の雄弁な土』
(本文)
「甲子園の土を踏む」、もしくは「踏んだ」という表現が、調べるとここ10年に本紙に、1000回以上出てくる。かくも「土」は夏の高校野球を象徴する。負けて去る選手が両手ですくう。涙まみれをカメラが映す。そしてアナウンサーは言うのである。「〇〇の夏は終わった」と。

土の伝統をたどると、福嶋一雄さん(82)に行き着くとされる。終戦直後の大会で2連覇を果たした小倉高(旧制・小倉中)のエースである。3連覇をめざした敗れ、去り際にひとつかみの土をポケットに入れた。無意識の動作だったそうだ。
福嶋さんは今年、野球殿堂入りを果たした。その表彰式が熱戦たけなわの球場であった。「甲子園はやっぱりいい。観衆が温かい。グランドはやわらかい」。
懐かしい土に立ったのは、64年ぶりという。

その歳月の間に、土をめぐる幾多の物語があった。米占領下の沖縄から来た、首里高は、持ち帰った土が植物防疫法に触れると、港に捨てられた。同情した日本航空の客室乗務員らが、消毒した甲子園の小石を贈った話はよく知られる。

この夏も一握りの土を、亡き球友の霊前に捧げた選手がいる。「戻ってくる」という信念で持ち帰らなかった2年生エースもいる。最強の1校を除き、夢はもれなく負けて終わる。物言わぬ土は、新しい始まりの証しでもある。

高校野球を愛し、「未完成品が未熟を超えて、人々に夢や感動を与える」、と書いたのは作詞家の故・阿久悠さんだった。95回目の大会も今日から3回戦である。

・ 8月17日 『甲子園の雄弁な土』
(ポイント・要約)
1.終戦直後の大会で2連覇を果たした小倉高校(旧制・小倉中)のエースだった、福島
  一雄氏が、3連覇を目指しましたが、敗れてしまったということです。
2.甲子園からの去り際、無意識のうちに、ひとつかみの土をポケットに入れて持ち帰り
  ます。
3.その仕草から、≪甲子園の土を持ち帰る≫という慣習が出来上がっていったというこ
  とです。
4.その福島氏(82)が、今年、野球殿堂入りを果たし、その表彰式が熱戦たけなわの
  甲子園球場で行われたということです。
5.米・占領下の沖縄からきた、首里高校の生徒が持ち帰った土が、植物防疫法に触れる
  ということで、海に捨てられ、後日、日本航空の客室乗務員らが。、消毒した甲子園の
  土を贈ったという話もあります。
6.一握りの土を、亡き球友の霊前に捧げた選手の逸話もあります。
7.≪必ず戻って来る≫という信念で、持ち帰らなかった、2年生エースもいました。
8.高校野球をこよなく愛した、作詞家の故・阿久悠氏の、言葉です。
 ≪未完成が未熟を超えて、人々に夢や感動を与える≫。

 

税金の無駄遣いだけのアベゾー外交

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2019年 8月16日(金)14時25分50秒
返信・引用 編集済
  昨年だったがアベゾーは「私は海外の首脳と外交と友好を強めるために58回もの海外へ足を運んだ」と誇らしげにのたまっていた。
 私に言わせれば、(首相専用機で一回外遊すれば軽く1億円はかかると聞いていたので)「なんと税金の無駄遣いをやったものか。女房と物見遊山に行っただけではないか」という思いと同時に呆れはてたものだ。
例えば、ロシアのプーチンと会ったのは28回とか、アベゾーがクレムリン詣でをやったのは25回だそうだ。これほど会って話し合いしながら、従来の自民党政策であった、北東4島の返還要求が2島返還にまで譲歩し、なおかつ経済協力まで要求されている。

 北朝鮮政策もまったくちぐはぐである。拉致被害者の帰国要求のために一貫して制裁、圧力かけることを自ら強く唱え実践していたのに、トランプが金正恩と会談するようになったら、とたんに制裁をやめて無条件で話し合いしたいと述べるにまでいたった。トランプの意向や変節で制裁と話し合いにぶれたのはなんと4回である。まったく自主性も主体性もないオツムが弱いどころか本当のバカである。

 またそのトランプとは、世界の首脳の中では何度も会談したのは自分だけである、と誇りながら、実際は何らかの意見も言えない土下座外交である。
 トランプとは対照的に中国の習近平とは、G7などの合間に顔を合わすぐらいで、正式な会談もやっていない。中国のお国柄や習近平という人物にも私は大いに疑問を持ってはいるが、日本が現在的に貿易量では日米よりも日中間が最大になったこと、将来的な国のありかたから見れば、米国以上に中国の存在感は増すだけだ。そんな中国の首脳とは相対しないのはアベゾーの好みだけで片付けられたものではない。

 また茶番だったのは、米国・イランの険悪で危険な関係を、アベゾーが仲介したいと言い出したことだ。それでアベゾーはイランへ、のこのこ出て行ってしまった。初めから仲介どころか、単なるトランプのメッセンジャーの役しかできないことぐらいは火を見るより明らかだったが、案の定、アベゾーがイランに着く直前にトランプはイランへの制裁を強めると言うし、アベゾーがイランを出てすぐに、日本国籍のタンカーがホームズ沖でイラン革命部隊(米国に言わせればのことだが真相は分かっていない)から砲撃されるという事件まで発生した。当事国の米国・イラン両サイドから、アベゾーの仲介外交がまったく意味がなさなかったことの見事な証明であろう。

 58回の外遊の中にはアフリカ諸国や東欧、中南米、東南アジアも当然含まれるが、低開発国には格好つけてカネのバラマキである。先進国では日本は突出した財政赤字なのに、自分のしまりのない馬面だけはよく思われたいらしい。

 このようにアベゾーの外交はパロデイなみにお粗末すぎるが、現時点でのアベゾーの最大の罪と罰は韓国との関係が史上最悪になったことである。(その2)として別途述べてみたい
 

標本箱

 投稿者:鳥星  投稿日:2019年 8月16日(金)09時22分33秒
返信・引用
  右列:アサギマダラ
右から2列の一番目はモンキアゲハ
   2・3番は国蝶のオオムラサキの雌雄
左列1番目はフクロウチョウ
   2・3番はウラギンヒョウモン
 

≪8月16日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月16日(金)08時14分17秒
返信・引用 編集済
  ・2014年 8月16日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『戦争の記憶をつなぐ』
(本文)
夭折の詩人、中原中也の作品に、『妹よ』がある。
≪夜、うつくしい魂は泣いて、もう死んだっていいよう・・・といふのであった≫。現代詩人の中村稔さんは、この詩に強く感動したという。

戦争末期、旧制一高生のころだ。多くの友が、中原を愛誦していた。本が手に入りにくく、筆写したという。なぜ、中原にひかれたか。中村さんらは当時、『召集間近く、生死の関頭に立っていた』からである。
徴兵されるのは確実であり、そうなれば”死”は必至と思えた。著書、『私の昭和史』で、中原の『生と死の境からうたうような”詩境”に共感したのかもしれない』と振り返っている。戦時の若者の心のありようが伝わり、読む方の心もひりひりしてくる。

学生に限らない。年長世代の日々にも、死の影は差していた。仏文学者の渡辺一夫は当時、40代で東大助教授だった。東京大空襲翌日の、1945年3月11日からつけ始めた、『敗戦日記』は主として、フランス語で書かれている。他人にのぞき込まれることを警戒したのだろう。

『自殺を考える』『死に対するあこがれは段々強くなる』といった、気弱な言葉が時折もれる。もっとも、『狂信の徒に、牛耳られた政治』を批判し、封建的なものや、排外主義の敗北を予言するくだりなどは、いま読んでも”示唆”に富んでいる。

戦争を知り、語れる人が年々少なくなる。全国戦没者追悼式の参列者も減っている。時の流れには”抗し難い”。それでも、記憶はつないでいかなければならない。次代がそれをたどる“術”はある。

・ 8月16日 『戦争の記憶をつなぐ』
(ポイント・要約)
1.現代詩人の、中村稔さんは、戦争末期、旧制一高生のころ、多くの友人と一緒に、
  中原中也の詩を愛誦し合ったということ  です。
2.自分たちの召集が間近く生死の関頭に立っていた折、中原中也の詩の、
 ≪生と死の境から詠うような詩境に共鳴していたのかもしれない≫、
  と振り返っているということです。
3.仏・文学者の渡辺一夫氏は、当時、40代の東大助教授であったが、
  東京大空襲の翌日、1945年3月11日から、他人にのぞき込まれることを
  警戒しながら、『敗戦日記』をフランス語で綴っていたということです。
4.≪狂信の徒に牛耳られた政治を批判し≫、≪封建的なものや、排外主義の敗北
  を予言したり≫、示唆に富んだ内容であるということです。
5.戦争を知り、語れる人が年々少なくなり、全国戦没者追悼式の参加者も減っている折、
  時の流れには抗(いあらが)うことは出来ないが、時代につながる記憶をしっかり伝え
  てゆかなければならないということです。

(所感)
当然のことかもしれませんが、今日も、≪終戦・戦没者追悼・平和≫に関連したコラム文が多いですね。
 

≪8月15日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月15日(木)07時42分23秒
返信・引用 編集済
  ・2012年 8月15日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。


『≪時の恵み≫に甘えない』
(本文)
古代ギリシャの詩人、”ピンダロス”は歌う。『戦いは知らざる人には甘美なれど、知る人はその近づくをあまりにも怖れる』。世のため、国のため、勇ましい男たちの活躍する”絵空事”で、現実の戦争は、むごく、醜い。

本紙が募った『八月の歌』の入選作に、≪赤紙と、おびただしい血と、燃える火と赤、赤、赤のノンフィクション≫、がある。愛知県立、起工高3年、長野薫さんの一首だ。途方もない戦争の真実に絶句するのも、若い世代には、貴い経験だろう。

終戦から67年、日本は幸いにも殺し合いをしていない。人口の78%が、戦後に生まれ、悲惨を語れる人は、2割いようか。『フィクション』が紛れ込まないよう、体験談を大切に語り継ぎたい。

戦没学生の遺稿集、『きけ、わだつみのこえ』(岩波書店)、にも歌がある。≪激しかりし敵火の中に、我と生きし、邦子の写真眺めつつ想う≫。
早大を出て、敗色漂う、1944年(昭和19年)秋から、フィリピンなどを転戦した、陸軍中尉である。
新妻への手紙には、『何百枚でも、邦子の写真が見たい』とある。その人を二度と抱くこともなく、24歳の彼は、鹿児島沖で戦死した。愛する者への思いに今昔はない。これを軟弱とさげすむ世には戻すまい。

『わだつみ』の出版に尽くした医師、中村克郎さんは1月に86歳で亡くなった。語り部、伝え手を連れ去る歳月は、非情にして優しく、滴るばかりの悲しみを”セピア色”に染めてゆく。しかし、私たちが時の癒しに甘えては、平和を知らずに息絶えた人に顔向けができない。

・ 8月15日 『≪時の恵み≫に甘えない』
(ポイント・要約)
1.終戦から67年、日本は幸いにも殺し合いをしなくてすんできたということです。
2.そして、人口の78%が戦後に生まれ、戦争の悲惨を語れる人は2割ということです。
 『フィクション』に紛れ込まないように、体験談を大切に語り継いで欲しいということ
  です。
3.戦没学生の遺稿集『きけ、わだつみのこえ』の出版に尽くした医師・中村克郎氏が、
  1月に86歳で亡くなられた話の紹介があります。
4.戦争の悲惨さ、残酷さの≪語り部≫≪伝え手≫を歳月が連れ去って行きます。
5.平和を知らずに息絶えた人たちのために、私たちがなさなければならないことを忘れ
  てはいけないということです。

(所感)
本日付のコラム文は、≪終戦・平和≫をテーマにした内容が多いです。
似たような文面で、大勢の人が読んだと思われるのに・・・対策と言えば・・・

『だからこそ・・・!』・・・、全く異なる、政策が語られる現実が怖いですね・・・

 

≪8月14日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月14日(水)07時22分39秒
返信・引用 編集済
  ・2011年 8月14日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

・ 8月14日 『終戦の日に再起を誓う』
(本文)
作家の田辺聖子さん(83)は、玉音放送を一家で聴いた。『降伏したみたいなこと、いうてはる』と父。『”フシ”が、なさけなさそうですなあ』、と母が頷く。大人の脱力ぶりに呆れ、
17歳の軍国少女は一人、無念を日記にぶつけた(回想、『欲しがりません、勝つまでは』)。

66年前のきょう、日本はポツダム宣言受諾を連合国側に伝えた。深夜に録音された終戦の詔書が、翌、15日昼、NHKラジオで流される。大衆が初めて聞く、陛下の声だった。漢語の多用と雑音で、すぐには、”解”せぬ人も多かった。

野坂昭如さん(80)はそれでも、終わったと感じた。もう空襲はないと思うだけで、体の芯がとろけるような安堵を覚えたという。終戦の日、どこで何を思ったか、百人に百の話があった。

各人に語るべきものがある大震災も、時代を画す、共通体験に違いない。すべきことが、”山”とあるのは敗戦時と同じだが、私たちに高揚はない。虚脱の暇もない。津波、原発にとどまらず、日本は複合的な不全の中にある。

ひと声で動く世でもなし、とが”堪え難きを堪え、忍び難きを忍び”、不全の理由を一つずつ、取り除いていくほかない。より生きやすい国を目ざして、まずは流れ放題の政治と財政から、手をつけたい。

NHK放送博物館の、『玉音盤』は、窒素ガスの中で眠る。今に残る音源は、傷む前のレコード盤から、占領軍が複製したものだ。米国は、『多くの命を救った放送』に価値を認めた。生かされた人々は、驚異の復興を成し遂げる。もう一度できないはずがない。

・ 8月14日 『終戦の日に再起を誓う』
(ポイント・要約)
1.66年前、日本は連合国側に、ポツダム宣言受諾を伝えます。
2.全国民が玉音放送を聞きます。
3.当時17歳だった軍国少女だった、田辺聖子さんが、無念の日記
  をつづったことが紹介されています。
4.野坂昭如さんは、≪終わった。もう空襲はない、ととろけるよ
  うな安堵を覚えた≫という実感が紹介されています。
5.そんな虚脱の中から、生かされた人々によって、驚異の復興が成し遂げられたという
  ことです。
6.今般の大地震も、時代を画す共通体験に違いなうが、敗戦時ほどの高揚は見られない。
  不全の理由を一つずつ取り除いて、より生きやすい国をめざして、政治、財政から手
  をつけていきたいものである、という筆者の意見です。
 

≪8月13日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月13日(火)07時10分56秒
返信・引用 編集済
  ・2014年 8月13日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『日航機事故から29年』
(本文)
見るのがつらいという人もいるだろう。29年前のきのう墜落した、日航ジャンボ機の残骸なのだから。機体のほか、止まった腕時計なども展示してある。日航が事故の21年後に設けた『安全啓発センター』だ。

遺族でつくる『8.12連絡会』の有志が6月、ここを訪れた。修理ミスの跡が残り、事故原因となった圧力隔壁を見てある女性は、こんなものに命を預けていたなんて、と怒りを感じた、安全への願いをつづった文章を連絡会の会報に寄せた。
事故翌年に創刊された会報『おすたか』が、7月で100号となった。会員の手記や会からの報告を載せ、遺族の心の支えとなってきた。会の事務局長、美谷島邦子さん(67)が編集する。『節目の号には、100回分の涙があります。100回分の慰めがあります』、との感謝も届いた。

他の大きな事故についての情報も、豊富に掲載してきたことが特徴だ。名古屋の中華航空機事故やJR宝塚線(福知山線)事故の遺族の動向を報じる新聞記事が引用される。兵庫県・明石市の歩道橋事故の裁判記事もある。
悲しみを共有し、安全な社会づくりをともに目指す。そんな『緩やかな連帯』のための活動を、連絡会は重ねてきた。”御巣鷹”の尾根には、これらの事故の遺族も登る。ここは遺族がつながる『聖地』になったと、

美谷島さんは著書に記している。
下を向いて生きることはやめる。だからあえて会の名から『遺族』の文字を削った。発足当時の思いだ。なればこその粘りと継続に違いない。

・ 8月13日 『日航機事故から29年』
(ポイント・要約)
1.日航機事故が起きてから21年後に設けられた、『安全啓発センター』には、ジャンボ
  機の残骸のほか、止まったままの腕時計などが展示してあるということです。
2.事故翌年に創刊された、『おすたか』が、7月で100号となったということです。会
  員の手記や会からの報告を載せることで、遺族の方々の支えにしてきたということです。
3.日航機事故に限らず、≪名古屋の中華航空機事故≫≪JR宝塚線(福知山線)事故の
  遺族の動向≫≪兵庫県・明石市の歩道橋事故の裁判記事≫等々の報告を載せたりして、
 『悲しみを共有し、安全な社会づくりを目指しながら、下を向いてばかりして生きてゆ
  くことはやめよう』という、会の事務局長、美谷島邦子さん (67)の言葉の紹介
  があります。
 

≪8月12日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月12日(月)07時49分5秒
返信・引用 編集済
  ・2012年 8月12日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『太平洋横断から半世紀』
(本文)
≪大志を抱け≫、と言うわりには、『青年の向こう見ず』に世間は寛大ではない。堀江謙一さんがヨットで太平洋単独横断を成したときもそうだった。日本では快挙を讃えるより、”無謀”だの、”密航”だのと、難じる声が目立った。
いつの時代も、出る杭は打たれる。正規の出国に手を尽したが、冒険航海にパス・ポートは出なかった。
やむなく夜の港からこっそり出航する。94日の航海ののち、米・サンフランシスコに到着して、きょうで50年になる。米国では密航扱いどころか、大歓迎された。つられるように国内の空気も変わる。一躍、時の人になったのは戦後昭和史の伝説だ。冒険や探検を大学などの権威筋が牛耳っていた時代、それとは無縁な、一青年の『大志』は新しい挑戦となって羽ばたいた。

『太平洋ひとりぽっち』を読み直すと、ミッドウェーあたりの記述が印象深い。≪夕陽がからだをいっぱいに包む。長い黙祷を捧げました・・・多くの海の先輩たちが散っていったところなのだ。・・・ぼくはいま、花束を持っていない。許してください≫。
戦争の記憶はまだ色濃かった。

振り返るとその年は、国産旅客機、YS11が初飛行し、世界最大のタンカー≪日章丸≫が進水している。高度成長の矛盾を抱えながらも、青年期の勢いがこの国にあった。
73歳になった、堀江さんは、4年前にも、ハワイ~日本を単独で航海した。なお現役の冒険家は、特別なことはせずに、記念日を過ごすそうだ。青年の”気”を忘れぬ人である。懐旧に浸るのは、まだ早いらしい。

・ 8月12日 『太平洋横断から半世紀』
(ポイント・要約)
1.50年前のきょう、堀江謙一氏が、94日間かけて、ヨットで太平洋単独横断に挑戦
  し、米・サンフランシスコに到着した日である、ということです。
2.冒険航海には、パス・ポートが発給して貰えず、やむなく、夜の港からこっそり出航
  したということです。
3.国内では、≪無謀≫≪密出国≫≪青年の向こう見ず≫などといった、非難です。
4.一方、米国では、密入国どころか、この快挙を称賛、大歓迎です。その後、日本の非
  難の声も治まり、快挙として、称(たた)えるようになります。
5.73歳になった堀江氏の消息として、4年前にも、ハワイ~日本間の、単独ヨット航
  海も達成した、という紹介があります。

(所感)
学生時代このニュースを、≪船橋ヘルスセンタ-≫のプールに泳ぎに行った時、聞いたのを覚えています。
≪称賛≫の言葉をかけられます。凄いことだと思います。




 

朝日川柳

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2019年 8月11日(日)11時16分13秒
返信・引用
  今年もアベゾーが広島、長崎の原爆慰霊祭に出席していた。昨年の挨拶は、一昨年のあいさつ文をそのまま踏襲して読み上げたので、マスメディアをはじめ、参加者の多くから批判されていた。
まあ、その程度の男だとわかっていたので、驚くこともないが、さすがに今年は昨年のコピペではなかった。広島市長や長崎市長の魂の入った平和宣言に比べると、なんとお粗末で通り一遍のことばだったことか。

早速「朝日川柳」には以下のようなのアベゾーを皮肉ったのが載っていた。

「聴かずともおおよそ分かるあいさつ文」
「ああまたか寄り添いながら橋渡し」
 

≪8月11日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月11日(日)06時48分27秒
返信・引用 編集済
  ・2013年 8月11日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『子連れ旅への寛容』
(本文)
「泣く子と地頭(じとう)には勝てぬ」と諺に言うほどだから、泣く子をあやすのは難しい。俳人の中村汀女に、≪秋暑き 汽車に必死の 子守唄≫の一句があって、親のほうが泣きたくなるような光景が目に浮かぶ。

自分のことではなく、汽車に乗り合わせた母子だそうだ。残暑の車中、母親への同情をこめた描写は、まわりの乗客の困った顔まで想像される。汽車は混んでいたに違いない。
時は流れて平成。子どもの声への不寛容は、往時の比ではなくなった感がある。「泣く子のせいでバスから降ろされた」「機内で泣きやまず、降りるときに何人からか罵声を浴びた」といった声が、半年前の本紙別刷り「be」に載っていた。この手の話を昨今よく聞く。

かつて小欄で子どもの肩を持ったら、ずいぶん反論を頂戴した。若い親の甘やかしや、公共の場での無責任を叱る声が目立っていた。意外なことに年配の女性からの苦言が多かった。
うなずく点もあったが、生身の存在である子どもが泣いて、周囲の不機嫌に親が縮こまる図はいかがなものだろう。遊び声さえ迷惑がるご時世、「社会で育てる」という言葉はむなしくないか・・・などと、お盆休みの交通混雑のニュースを見ながら考えた。

親御さんの処世術としては、新幹線でも、飛行機でも、先に周囲にあいさつしておくだけでだいぶ違うようだ。気づかいと寛容で歩み寄り、「お互いさま」の雰囲気をつくりたいものだ。「旅は道づれ、世は情け」と、これも諺に言う。道中は楽しい方がいい。

・ 8月11日 『子連れ旅への寛容』
(ポイント・要約)
1.半年ほど前の本紙、別刷り・『be』欄の記事の紹介です。
(1)『泣く子のせいで、バスから降ろされた』
(2)『機内で泣き止まず、降りる時に何人からか、罵声を浴びた』
  ・・・ということです。
2.かつて小欄で、子どもの肩を持ったら、意外にも年配の女性から≪若い親の甘やかし
  だ≫とか、≪公共の場での無責任を叱る≫という苦言を多く頂いたということです。
3.生身の存在の子どもが泣いて、周囲の不機嫌に親が縮こまる様子が目に浮かびます。
4.親の処世術として、先に周囲に挨拶をすることを心掛け、周囲の人も寛容の気持ちで、
 ≪お互いさま≫の雰囲気を持ち合わせたいものであるということです。
 

8月MB会ご案内

 投稿者:秋月 孝介  投稿日:2019年 8月10日(土)18時51分51秒
返信・引用
   猛暑が続きますが、如何ですか?
 小生は幸い、熱い日は嫌いではありません。
 好物のビールが更に美味しくなるからです。

 本日は8月のMB会ご案内です。
 参加可否を田村嬢か秋月までお知らせ願います。

8月日程;
1.日時;8月24日(土)11:00~

2.場所;田村嬢宅(新居、馬込駅より徒歩3分)
     新居への道順が判らない方は馬込駅より電話して下さい。


 

[≪8月10付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月10日(土)07時00分37秒
返信・引用 編集済
  ・2017年 8月10日付≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文・・・です。

(本文)
主人公が思い出を語る。子供の頃、手習いに行くと、いたずらっ子にいじめられた。成人した今でも墨の匂いをかぐと、当時がよみがえる、と。芥川龍之介の短編、『世之助(よのすけ)の話』である。
≪少なくとも私にとっては、大抵の事が妙に嗅覚と関係を持っている≫。世之助の感懐には、うなずく方が多かろう。匂いは記憶の喚起装置ともいわれる。

きのう、住んでいる集合住宅の廊下で懐かしい香りに出合った。どこかのお宅で、麦茶を煮出していたらしい。水出しのペット・ボトルに慣れた身には、炒った大麦を祖母が布の袋で煮ていた子供時代の遠い夏へ、しばし、"時間の旅”をした。

ふるさとでお盆休みを過ごす人の、旅立つ季節である。
夕暮れの縁側に漂う蚊取り線香の煙。夕立に濡れた土。線香花火の火薬。あるいは、ビニールの浮輪の栓を抜いたときに鼻先をかすめる空気・・・。記憶を呼び覚ます匂いは、さまざまに違いない。

世之助は語っている。≪子供の時の喜びと悲しみとが、もう一度私を甘やかしてくれる≫。渋滞あり、満席ありで、骨の折れる旅路の向こうには、心身を甘やかしてくれる匂いがまっていよう。

(所感)
私事になると、今となっては、故郷も帰省も、遠い、遠い過去の思い出話です。


 

日米安保について(その2)

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2019年 8月 9日(金)12時11分46秒
返信・引用
  冷戦が終わり、ソ連という日米共通の脅威がなくなると、両国は96年、アジア太平洋地域の平和と安定の礎として、日米安保の重要性を再確認した。
その後、米国が日本に求める役割は拡大の一途をたどった。「物と人との協力」だった日米安保は、徐々に「人と人との協力」の色彩を強めていく。
99年に成立した周辺事態法では、日本の周辺地域で、自衛隊による米軍への後方支援が可能となった。米国が同時多発テロへの報復としてアフガニスタンを攻撃すると、インド洋に海上自衛隊を派遣し、米艦に給油した。イラク戦争のときは、陸上自衛隊が「非戦闘地域」で復興支援活動を行った。
その都度日本国内では9条との整合性が問われたが、時の政権は日米関係を優先し、自衛隊の活動地域をなし崩しに広げてきた。
アベゾーが15年に強行採決で成立させた安保関連法もこの延長線上にある。

とにかく米国の要求にただ答えていくだけが、日本の外交ではない。この点ではアベゾーの外交はお粗末すぎるだけではなく、一種のパロデイである。いかにこの男の外交が喜劇に終わっているかは、紙数が重なるので、のちの機会にしたい。

トランプはいま、中東で船舶の航行の安全を確保するための「有志連合」への参加を日本に求めている。また先にも述べたが、在日米軍の駐留経費について、現状の数倍にも及ぶ巨額の分担を提示してきた。

いまトランプのせいで、米中は貿易経済戦争をエスカレートさせている。だがこのことで米中が武力衝突することは絶対に起こりえない。
いくら小学5年程度のオツムのトランプでも、武力戦争になり世界が破滅することぐらいは知っているだろう。

私に言わせれば、日米安保で一方的に米国が損をしているというのなら、「どうぞ、日米安保を解消して、勝手に米軍を引き上げてください。沖縄や基地のある市民はどんなに喜ぶでしょう。7000億円もの経費も負担せずに済みます。ただ地理的に近いお隣の中国と仲良くするかもしれませんよ」と逆に脅して、アベゾーになりかわって三下り半を突き付けてやりたいものだ。

ともあれトランプになってから、イラン核合意や温暖化防止のパリ協定からの離脱など、トランプは世界秩序の維持に逆行し、緊張を高める振る舞いを重ねてきた。
「世界の警察官」でなくなった米国が、むしろ混乱要因となっているのが現実である。

トランプに振り回されることなく、日米安保が国際社会の「公共財」として機能するよう、主体的自主的な外交への一歩を踏み出さねばならない。
アベゾー外交に期待することは絶望的だがね。
 

8月 9日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 9日(金)07時39分33秒
返信・引用 編集済
  ・2013年 8月 9日≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『夏休みの宿題の思い出』
(本文)
うんざりするような数字が、天気予報の予想最高気温の欄に並んでいる。立秋を過ぎて暑さは、いよいよ衰えを知らない。児童生徒にとっては長い休暇ももう半ばだ。

きのうの本紙教育面に、『今からできる! 夏休み勉強法』という記事があった。学校の宿題は7月中に終えたという小6の話に感心する。8月は塾に通うという。同じ時分のわが身と引き比べてみる。

毎年、宿題を先伸ばしし、最後の日々を暗然として過ごすことを繰り返した。こんな調査がある。宿題を後回しにする傾向の強い人は、弱い人より飲酒、喫煙、ギャンブルなどの習慣を持つ人が多いという(池田新介・『自滅する選択』)。
目先の楽しみに飛びつき、いやなことは先送りする。短期の利益を長期の利益に優先させる。成績や健康も気にはなるけど我慢ができず、後で悔やむ。いまケーキを食べるか、あすの体重を気にしてやめておくかという選択も同じだ。

あすからは必ず宿題をやる。だからきょうだけ遊ぶ。こんないい訳もよく使った。これは将来の自分への過信であり、楽観だという。あすの自分もきっと駄目だと自覚しているなら、きょうからせっせと片付けることになる。なるほど、である。

時の過ぎゆく速さは一定ではない。先は長いと思って過ごす1週間と、後がないとなってからの1週間では、足取りが違う。そぞろ歩きの気分でいられる時期は終わり、そろそろ駆け出さなければとせき立てられる頃合いか。酷暑に気をつけて無理せずに。

・ 8月 9日 『夏休みの宿題の思い出』
(ポイント・要約)
1.子どもたちにとっては、長い夏休みも半ばであるということです。
2.きのうの本紙・教育面で、『今からできる! 夏休み勉強法』という記事を見かけたと
  いうことで、筆者は、毎年宿題を先延ばしして、最後の日々を暗然として繰り返して
  いたことが思い出されるということです。
3.宿題を後回しにする人の性格調査の紹介があります。
(1)飲酒、喫煙、ギャンブルの習慣を持ちやすいということです。
(2)短期の利益を、長期の利益よりも優先させる傾向があるということです。
(3)明日の体重を気にせず、いますぐ、ケーキを食べる性格に似ているということです。
(4)宿題は明日必ずやると思って、今日だけは遊ぶと割り切れるということです。
4.先は長いと思って過ごす1週間、後が無くなってからの1週間は、≪足取り≫が違う
  という話です。

(所感)
≪自由研究課題≫かなにかでしょうか、図書館で子どもたちを、多く見かけます。
『頑張れッ!』。エールを送りたくなります。
 

日米安保条約について(その1)

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2019年 8月 8日(木)18時49分16秒
返信・引用
  日本の防衛政策の基軸となっている日米安全保障条約についてトランプが公然と不満と批判を繰り返している。曰く
「日本が攻撃されたら我々は第三次世界大戦を戦う。しかし、我々が攻撃されても日本は我々を助ける必要はない。日本政府や日本人ができるのは我々の戦いをソニーのテレビで見るだけだ」と。

6月のG20大阪サミット後でも、「日米安保は不公平だ、片務性だ」と繰り返し、「アベにもこのことはきっちりと伝えてある」と言っていた。
挙句の果てには国務省安全保障担当のボルトン(この男はブッシュ時代のネオナチといわれたぐらい、ウルトラ右翼である。北朝鮮やイランへの空爆を主張していた)は日本にある米軍基地や米軍のために今の5倍ぐらいは財政負担をするように日本政府に伝えている」と言い切っている。

ずっと昔のことだが、日本中を騒がせた60年安保の時代、当時この日米安保条約については反対運動に加担するために学習していたので、今でも日米安保条約というのが、どんなものであるか、いくらかは記憶にある。

言わずと知れたトランプの認識や見方は一方的であり受け入れがたいものである。アベゾー同様小学生の5年程度のものであろう。
1951年に調印され、アベゾーの爺さんである悪名高い岸信介により60年に改訂された日米安保条約は、第5条で米国に日本防衛の義務を課し、第6条で日本に米軍への基地提供を義務付けた。
「物(基地)」と「人(軍隊)」との協力といわれる。憲法9条の下で、集団的自衛権は行使できないというしばりがあるためだ。
しかるにアベゾー政権は憲法解釈の強引きな変更によって、一部容認したが、歴代自民党内閣は一貫して集団的自衛権を認めてこなかった。
それを前提に、非対称ながら、双方の役割の釣り合いを図っているのが日米安保である。
在日米軍基地は米国の世界戦略に不可欠であり、米国の国益にもかなう。その維持のため、沖縄などで多くの住民が負担を強いられてきた。
米国だけが義務を負う片務的な条約という考え方は、まったくの誤解であり、自らの無知さを暴露するもの以外はない。

また、トランプは米軍基地を提供する以外に、日本がどのくらい米軍のために財政負担をしているか、ご存じないようだ。
例えば、韓国の場合、在韓米軍への財政負担は1800億円(維持費全体の約4割)、ドイツの場合は、財政負担は1500億円、約2割である。
ところが日本の場合は、思いやり予算を含めて実態は7000億円、在日米軍維持費の約7割以上を負担している(週刊金曜日の特集記事より)。
米軍が駐留しているほかのどんな国よりも米軍のための財政負担は日本は突出しているのだ。

歴史上から言っても(日本には憲法9条があるということでもあり)在日米軍が日本の防衛を具体的に担ったという事実は今までにない。
それどころか、60年代のころ、米国が介入したベトナム戦争では、北爆などにはその7割が沖縄基地から出撃していたとの情報もある。ブッシュが起こしたイラク戦争だってそうである。日本から飛び立った米軍戦闘機がほかの国のどこよりも多かったのだ。

このように在日米軍は、日本の防衛については、何もすることなしに、米国の世界戦略上、重要な役割を果たしてきたのが事実なのだ。
それにしても情けないのはアベゾーのトランプへの土下座外交である。
5月に来日した時はゴルフ、大相撲観戦、炉端焼きと接待漬けしながら、何らかの日本の国益になるようなことを言ったとは、まったく聞こえてこない。トランプとの個人的な友好関係は、他の国の首領の追随をゆるさない、と悦にいっていたが、こんなトランプと仲をよくしても利用されるだけだというのが、お分かりになっていない。
オツムが小学生5年程度ゆえにいたしかたないか。まったくの税金の浪費でもある。
 

≪8月 8日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 8日(木)07時09分41秒
返信・引用 編集済
  ・2017年 8月 8日付≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文・・・です。

(本文)
祖母は中学生の孫に紙切れを渡した。文字を知らない自分の代わりにこれからいうことばを書いてくれという。大日如来様、お地蔵様、ラジオ様、ガス様、電話様・・・。いぶかしがる孫に祖母は言った。『みんな私の神様、仏様だ』。

おばあさんの薫陶を受けたのかも知れない。雨風はときに迷惑な乱暴も働くが、その人は好んで胸にしみいる雨を語り、趣のある風をつづった。美しい日本の四季に添えられた、”様”の一字を感じ取った方は多かろう。

気象キャスターの草分けで、エッセイストの倉嶋厚さんが93歳で亡くなった。
その語り口を懐かしく思い出す。背後から差し込む光が前方の雨粒に反射する虹の原理を説いて・・・≪日の差す方角ばかり探している人に、虹は見えないのです≫。砂漠に咲く花を語って・・・≪何年も奇跡の雨を待つ。そういう人生もあるのでしょう≫。73歳で予期せぬ、”うつ病”を患い、乗り越えて・・・≪人生の長期予報は当たりません≫。それでも、死んではいけない。≪やまない雨はないのだから≫、と。

予報にない雨風にも見舞われた、『人生』に、”様”の一字を美しく書き添えた人である。

(所感)
テレビの映像からだけしか知らない人ですが・・・
いつも、温厚な語りで・・・にこやかで・・・
倉嶋厚さん・・・日々、かくありたいものです。
 

ワインボトル

 投稿者:鳥星  投稿日:2019年 8月 7日(水)12時05分34秒
返信・引用
  ヴィンテージボトル。  

[≪8月 7日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 7日(水)06時58分11秒
返信・引用 編集済
  ・2014年 8月 7日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

・『エボラ出血熱(しゅっけつねつ)の広がり』
(本文)
手もとの辞書にはなく、実物を見たこともなが、『コレラ船』という夏の”季語”がある。外国航路の船舶で、コレラ患者が出て入港を止められ、沖に停泊している船をいう。≪月明や 沖にかかれる コレラ船≫(日野草城)。1960年代頃まで、本紙記事にも登場していた。

古来、人の移動とともに、感染症は世界に散らばった。中世欧州をふるえ上がらせた、黒死病は、アジアとの交易ルートから入ったらしい。この疫病をきっかけに災いを水際で止める、検疫が広まる。

入境する者を、40日間も止め置いて、発病の有無を確かめたという。時は移り医学は進んだが、疫病相手の闘いは尽きない。西アフリカで新たな災いが広まっている。ギニア、リベリアなど、4カ国のエボラ出血熱は、死者900人を超えて、いよいよ深刻だ。
致死率が最高90%という凶暴さに加え、根本的な治療法は確立されていない。1976年にウイルスが発見されてから、最大規模の感染だといい、治療にあたる医師たちの感染も伝えられる。

スタッフの苦難に思うのは、野口英世のことだ。『宿敵』だった、『黄熱病』の研究でアフリカに渡り、『黄熱病』に倒れて、命を落とした。終焉の地となった、ガーナは、エボラ熱の拡大している地域に近い。
現地の医師に、英世(ひでよ)の面影(おもかげ)を重ねれば、遠い国々のできごとも、少し近くなる。実際、『コレラ船』の時代より、世界はぐっと狭(せま)くなった。人や物の行き交(か)うところ、獰猛(どうもう)な”ウイルス”はいつどこへ”飛び火”しても不思議はない。

・ 8月 7日 『エボラ出血熱の広がり』
(ポイント・要約)
1.アフリカで新たな災いが広まっているというニュースです。ギニア、リベリアなど、
   4カ国のエボラ出血熱は死者900人を超えて、深刻な事態であるということです。
2.致死率が最高90%という凶暴さに加えて、根本的な治療法はまだ確立されていない
  ということです。
3.古来、感染症は人の移動とともに世界に散らばっており、中世欧州をふるえ上がらせ
  た黒死病(ペスト)は、アジアとの交易ルートから入ったと言われているということ
  で、この疫病をきっかけに、災いを水際で止めようとする、≪検疫≫が始まったとい
  うことです。
4.今回のエボラ出血熱は、1976年にウイルスが発見されてから、最大規模の感染だ
  ということで、治療に当っている医師たちの感染も伝えられているということです。
5.野口英世が、『宿敵・黄熱病』の研究でアフリカに渡り、黄熱病に倒れて命を落とした
   終焉の地・ガーナは、エボラ熱が拡大している地域に近いということです。
 

佐高11期生・関東同窓会のご案内

 投稿者:秋月 孝介  投稿日:2019年 8月 6日(火)19時10分0秒
返信・引用
  佐高同期生各位(メールでの案内状コピーです)

新元号「令和」の世となり、我々にとっては三つ目の元号となり
ましたが、皆様ご健勝の事と推察しております。
恒例の関東同窓会を下記の如く開催する事になりましたので、
皆様是非とも参加して下さる様お願い申し上げます。
尚、本メールは幹事補佐として小生(秋月)が送付しておりますが、
「出欠のご返答」も本メールに対して秋月までご返信願います。
小生より幹事へ確実に返信結果をお知らせ致します
(メールでの案内が不可の関東地区在住者には、別途往復ハガキにて
案内状を出しますが、その返信は渋田正幸殿宛に願います。)
又、本メール(案内状)は小生がメール・アドレスを保有している
全国の同期生全員へ送付しております。関東同窓会と銘打っては
いますが、東京もオリンピックを控え可成り変化している事でも
あり、この機会に全国の同期生が参加される事を大歓迎致します。

1.日時:2019年10月26日(土)
  12:30~14:30  (受付開始 12:00~)
2.会場:銀座アスター ベルシーヌ竹芝店
          東京都港区海岸1-11-1(ニューピア竹芝ノースタワー24F)
   TEL.03-5401-1721(24Fから見渡す東京湾等の景色は最高です)
3.交通: JR 浜松町駅から 徒歩7分
              ゆりかもめ 竹芝駅 から 徒歩3分
   下記地図ご参照:
            https://loco.yahoo.co.jp/place/g-wzhKT0wT9KQ/map/
4.会費: 6,500円(当日受付にて申し受けます)
5.出欠ご返答:秋月宛に9月30 日まで(なるべく早く返答願います)

    幹事 渋田正幸  048-623-2890     090-5192-6972
              友田裕三           070-5083-7688
              田村道子  03-3775-0429   080-5652-8177
              小島範子  03-3403-1967   080-3475-3403
 

≪8月 6日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 6日(火)06時23分23秒
返信・引用 編集済
  ・2014年 8月 6日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『名誉とおびただしい死』
(本文)
1945年8月14日、高見順は日記を書いた。≪「・・・一機が、あぶない」、みんなこ
ういい出した。一機だから大丈夫。こういっていたのだが・・・≫。編隊を組んだ”B29”より1機で来るのが危険だと。
原子爆弾の威力は、”風聞”もまじえつつ鎌倉に住む作家に伝わっていた。

その『一機』、広島を壊滅させた、”エノラ・ゲイ”には、12人が搭乗していた。最後の生存者が93歳で死去したとの記事が載ったのは、先週のことだ。間違っていたとは思わないと、『落とした側の倫理』は曲げなかったという。
戦争を早く終結させ、多くの米兵の生命を救った。そう評価される原爆投下は、上空の搭乗員に名誉を、地上の市民にはおびただしい死をもたらした。機長だった、故・ポール・ティペッツ氏は、かつて、本紙に語っている。

「私は広島や長崎の人を相手に戦っていたのではなく、我々を攻撃した日本という国と戦っていたのだ」。機長に限らない。米国側の目は往々に原爆の投下や空爆を、爆撃機の高度から眺めがちだ。
しかし、地上には人間のいとなみがあった。8月5日、県立広島第一高女の1年だった、森脇瑤子さんは日記の最後をこう結んで、床についた。
「明日からは、家屋疎開の整理だ。一生懸命がんばろうと思う」。翌朝に起こることを知るはずもない。作業中に爆心近くで被爆し、13歳で絶命した。

1機による1発が、幾万の命に向けて炸裂したむごさを、鳥の目でなく、虫の目で見つめたいと思う。核廃絶への歩みの、そこに原点がある。

・ 8月 6日 『名誉とおびただしい死』
(ポイント・要約)
1.広島を壊滅させた、”エノラ・ゲイ”には、12人が搭乗していて、先週、最後の生存
  者が93歳で死去したという記事があったということです。
2.そして、≪戦争を早く終結させ、多くの米兵の生命を救った≫、ということで、原爆
  投下の≪落とした側の倫理≫は曲げなかったということです。
3.故・ポール・ティペッツ機長も、『私は広島や長崎の人を相手に戦っていたのではなく、
  我々を攻撃した日本という国と戦っていたのだ』、と語っていたということです。
4.1機による1発が幾万の命に向けて、炸裂したむごさ。そこに核廃絶への歩みの原点
  がある、ということです。

(所感)
本日付のコラム文は、『原爆』に因んだコラム文ばかりでした。
一般国民を巻き込まないような『戦争』にして欲しいものである・・・。
 

≪8月 5日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 5日(月)08時44分52秒
返信・引用 編集済
  ・2012年 8月 5日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。


『モンロー没から半世紀』
(本文)
オーストリアの城で、『最古のブラジャー』が見つかったそうだ。外電によると、長らく放置されていた大量の布の中に、肩ひもや、カップの付いたものがあり、年代測定で15世紀の作と判明した。

現在の形の”ブラ”は19世紀末の考案とされてきたから、定説を400年もさかのぼる発見だ。日本なら”応仁の乱”の昔である。いやもっと前から乳房の納まりは、所有者たちの思案の”種”だったに違いない。

胸への関心は、女性に限らない。おととし、マリリン・モンロー28歳の胸部エックス線写真が、約200万円で落札された。天国の女優は不本意だろう。セックス・シンボルとして演技や歌より、胸や尻が話題にされる立場に、当人は”うんざり”していたらしい。

太平洋戦争末期、航空部品工場で働く彼女を見つけたのは、取材に訪れた軍の報道班だった。写真はモデル会社の目にとまり、褐色の髪はブロンドに変わる。伝説の始まりだ。

マリリン急死の報が世を驚かせて、きょうで50年になる。享年36。自宅ベッドで裸で見つかった。遺体からは大量の睡眠薬が検出され、自殺だ、服用ミスだと騒がれた。時のケネディ大統領兄弟との親密ぶりから、謀殺説もくすぶる。
シンデレラ物語に始まり、サスペンスで終わる一代記。なお香しい映像の数々は、見かけよりずっと”壊れやすい”ノーマ・ジーンという女性と、アメリカが輝いていた、1950年代の合作というところか。半世紀たっても、マリリン・モンローは”銀色のもや”のように、そこにある。

・ 8月 5日 『モンロー没から半世紀』
(ポイント・要約)
1.本名、ノーマ・ジーン。太平洋戦争末期、航空部品工場で働いていた一人の女性が、
  訪れた、軍の報道班の写真に納まります。
2.その写真がモデル会社の目にとまり、褐色の髪がブロンドに変わり、伝説の女優が作
  り出され、銀幕に引きずり出されます。
3.女優、マリリン・モンローが誕生です。本人が望んだ、歌手や演技とは裏腹に、セク
  シー・シンボルとして君臨させられたことは、ファンならずとも知るところです。
4.きょう、(2012年8月5日)は、その大女優が急逝して、丁度50年目の命日であ
  る、ということです。
5.自宅のベッドで見つかり、遺体からは、大量の睡眠薬が検出され、自殺は、服用ミス
  の事故死はなど、物議が醸し出された、ということです。
6.シンデレラ物語で始まり、サスペンス生涯を閉じた享年36、であるということです。
 

≪8月 4日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 4日(日)10時40分44秒
返信・引用 編集済
  ・2011年 8月 4日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『終わる"水戸黄門”の旅』
(本文)
TBS系の人気番組、『水戸黄門』が、今年一杯で終わる。1200余回、42年の『善政』は、徳川15代の各将軍にも見劣りしない。”家斉(いえなり)”の50年に次ぐ、長期安定である。

”堂々”の、”マンネリズム”だった。黄門一行は旅先で、ひたすら、大小の”悪”を懲らしめる。何度も見たような?お家騒動”、箱入り娘と職人の恋路を、豊かな地域職が補った。『この”紋所”が目に入らぬか』、以下の『大団円』は、微動だにしない。

≪人生、楽ありゃ、苦もあるさ・・・≫。ボレロ風の主題歌は、”処世訓”を連ねて、視聴者の背中を押す。お供の”女忍者”が”湯”につかる場面など、長寿企画らしい”お約束”もにぎやかだった。常連を飽きさせない、その味は、例えば、老舗の”串団子”だろうか。

昨今、3世代がゆるりと楽しめる娯楽は少ない。東京の声欄に、『小学生も残念』と惜しむ母親の便りがあった。おじいちゃんと見て育った小6、小3の姉弟、”かの歌”から、番組を『人生』と呼んでいたそうだ。悲報を聞かされ、つぶやいた。『人生』が終わると。

5代目黄門、里見浩太朗さんも、『後ろから、スパッと斬られた思い』と悔しがる。ご老公を襲うとは、不埒千万(ふらちせんばん)、視聴率なる曲者に違いない。かつて、40%に達した国民的番組も、10%あたりを漫遊している。『頭が高い』の一喝も、水戸市長らの直訴もかなうまい。

これにて、民放の時代劇はレギュラー番組から姿を消し、再放送のみとなる。明日が見えない世情だからこそ、先の読める”フィクション”、揺るぎない”勧善懲悪”の世界が、一つ、二つほしいのだが。

・ 8月 4日 『終わる≪水戸黄門≫の旅』
(ポイント・要約)
1.TBS系の人気テレビ番組、『水戸黄門』が、今年一杯、42年間、1200余回で終
  了するに当っての、諸々の所感です。
2.黄門さま一行が、旅の先々で、大小の『悪』を懲らしめ、≪この紋所が目に入らぬか≫
  によっての大団円です。
3.かつては、40%にも達したこともあった、国民的人気番組も、今は10%あたりの
  漫遊している状態だということです。
4.民放の時代劇レギュラー番組が、再放送のみになってしまいます。明日の世情が見え
  ない現代ゆえに、≪先が読める≫『勧善懲悪』のフィクションの世界が、一つや二つ
  あってもいいのではないかという筆者の意見です。
 

チョウ

 投稿者:鳥星  投稿日:2019年 8月 3日(土)22時04分24秒
返信・引用
  作品の蝶は自作【アカネシロフタオチョウ】Charaxes hadrianus です。  

≪8月 3日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 3日(土)08時12分57秒
返信・引用 編集済
  ・2016年 8月 3日≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文です・・・。

(本文)

小学生の頃に書いた習字だという。≪不自由を 常と思へば 不足なし≫。朱筆で、『優』と、先生の評価が添えてある。北海道・小樽市の、『石原裕次郎記念館』で、ご覧になった方も多かろう。
10歳で終戦を迎え、物不足の辛抱を半紙に綴った少年がやがて、伸びやかな四肢で高度成長を体験していく。並ぶものなき人気はもちろんのこと、人生が時代の振幅に重なる意味でも、昭和を代表する映画スターである。

記念館が来年夏で閉館になるという。裕次郎さんが、52歳で亡くなった4年後の、1991年に開館した。延べ1800万人が訪れた、小樽の名所は、四半世紀の歴史に幕を閉じることになる。

入館者が減り、老朽化した施設の維持がむずかしくなったという。そうか、記念館が古びるほどに、その逝去から時が流れたのか。そうか、いまの若い人は、その名前にもうときめかないのか。記事を読みつつ、二つの『そうか』が胸にしみた。

記念館の玄関脇には、故人・愛用のヨットが展示されている。≪炎天の 遠き帆やわが こころの帆≫(山口誓子)。かつては誰もがあこがれた、眩しい、”心の帆”が、しずかに遠ざかる。
 

≪8月 2日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 2日(金)07時25分51秒
返信・引用 編集済
  ・2013年 8月 2日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『シェアするという文化』
(本文)
シェア・ハウスという言葉を初めて耳にしたのは、4,5年前だろうか。住んだことがあるという女性に聞いた。「舌打ちの音で目が覚めるんです」。一戸建てに女性十数人。トイレや洗面所は共用で、朝は早い者勝ちだ。後(おく)持った人は悔しがる。
共同生活は大変だと思ったものだ。しかし、その後の広がりは目をみはる。家賃が安あがりなだけではない。住まいを分けあい、互いにつながりあう。その魅力が不便さを上回る。
これは若い世代の新しい文化なのだという指摘もある。

同じ夢を追う者同士で一つ屋根の下で暮らす。高齢者が多い古い団地を改修し、若者とともに地域を蘇らせる。一方で、違法な物件も増えてきた。社会の貧困を映す鏡か、脱・「無縁」社会への灯か。

戦後の日本を特徴づけた、「持ち家社会」は、もう曲り角だ。そんな議論が登場して久しい。「マイ・ホーム主義」という言葉も聞かなくなった。ただこのところ、新築住宅が増えている。消費増税前の買い時と業界が売り込んでいるという。

住宅ローン減税のような持ち家政策は健全である。阪神大震災後、壊れた家の再建に対する国の支援が問われた時、高名な経済学者が語った言葉が忘れられない。多額の借金をして不動産を買うことに伴うリスクを侮るべきではない、と。

被災すれば家を失い、負債だけが残る。災害でなくとも、デフレ下(か)で、ローンの破綻が増えた。家を持つという価値観はまだ根強い。シェアする文化の台頭は、変化をもたらすだろうか。

・ 8月 2日 『シェアするという文化』
(ポイント・要約)
1.4~5年前から、≪シェア・ハウス≫という言葉を耳にしたということです。
2.一戸建て、十数人、共有トイレ・洗面所の共同生活の大変さのイメージ。
3.ところが、≪安上りの家賃≫≪住まいの分け合い感覚≫≪相互のつながり≫≪同じ夢
  を追う者同士の一つ屋根の下≫といったことで、若い世代の新しい、?文化”として、
  共同の不便さを上回っての見直しであろうか、ということです。
4.戦後の日本を特徴づけた、≪持ち家社会観≫が曲がり角になってきたのか、『マイ・ホ
  ーム主義』の言葉も薄れてきたと思いきや・・・。
5.消費増税前の新築、住宅ローン減税の中で、持ち家政策の健在もあります。
6.一方、震災後の、多額の借金をして、不動産を手にするリスクの不安もあります。
7.そんなこんなの中で、シェア文化の抬頭は、何らかの変化をもたらすだろうかという
  筆者の推測です。
 

[≪8月1日付≫コラム文です・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 1日(木)07時46分23秒
返信・引用 編集済
  ・2013年 8月 1日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『麻生氏の驚くべき発言』
(本文)
ぎょっとした。麻生副総裁が7月29日、ある会で改憲に触れてこう述べたという。「気づいたら、ワイマール憲法がナチス憲法に変わっていた。誰も気づかないで変わっていた。あの手口を学んだらどうか」。同僚記者の取材と麻生事務所に確認した結果をあわせ、以下紹介する。

麻生氏は、まずナチスはどうやって独裁権力を獲得したかを語った。それは先進的なワイマール憲法の下で、ドイツ国民が選択したことだ、と。いかに憲法がよくても、そうしたことは起こるのだ、と。
次に、日本の改憲は騒々しい環境のなかで決めてほしくないと強調した。それから冒頭の言葉を口にした。素直に聞けば、粛々と民主主義を破壊したナチスのやり方を見習え、ということになってしまう。

氏は、「民主主義を否定するつもりはまったくない」と続けた。としても、憲法はいつの間にか変わっているくらいがいいという見解にうなずくことは到底できない。
ヒトラー政権は、当時の議会の機能不全に乗じて踊り出た。対抗勢力を弾圧し、全権委任法とも授権法とも呼ばれる法律を作って、やりたい放題を可能にした。麻生氏の言うナチス憲法とはこの法のことか、そして戦争、ユダヤ人大虐殺へと至る。

巨大な罪を犯した権力集団を、ここで引き合いに出す発想が理解できない。熱狂の中での改憲は危うい。冷静で落ち着いた論議をすべきだという考えなら、わかる。なぜこれほど不穏当な表現を、あえてしなければならないのか。言葉の軽さに驚く。

・ 8月 1日 『麻生氏の驚くべき発言』
(ポイント・要約)
1.7月29日ある会の席で、麻生副総裁が≪改憲≫に関連して述べたことだということ
  ですが、同僚記者の取材と麻生事務所に再確認をしての紹介であるということです。
(1)ナチスはどうやって独裁権力を獲得したかを説きます。
(2)それは、先進的なワイマール憲法のもとで、ドイツ国民が選択したものであると語
  り、そうしたことは起こりうることだと語ります。
(3)次に一転して、日本の改憲は騒々しい環境のなかで決めず、≪気がついたら、ワイ
  マール憲法が、ナチス憲法に変わっていたというように、誰にも気づかれないで変わ
  っているという、"あの手口”を学べばいい≫、と説きます。
(4)それでいて、『民主主義を否定するつもりはない』と続けたということです。
2.ヒトラー政権の≪台頭と狂走≫の整理・紹介があります。
(1)当時の議会の機能不全の中で、抬頭が始まり、踊り出ます。
(2)対抗勢力を弾圧し、全権委任法とも授権法とも呼ばれる法律を作って、やりたい放
  題を可能にしました。
(3)そして、戦争に踏み込み、ユダヤ人大虐殺を強行します。
3.麻生氏が、巨大な罪を犯した、≪権力集団≫を引き合いに出して、≪学べ≫と語る発
  想の軽薄さを糾弾(きゅうだん)する、筆者の声です。

(所感)
これでも・・・自民党・・?
 

≪7月の日々の行動≫・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 8月 1日(木)07時34分2秒
返信・引用
  7月の日々の行動です・・・

1.独り朝食・・・・・・・・・・ 31 日
2.パソコン操作・・・・・・・・ 31 日
3.掲示板・書込み・・・・・・・ 31 日
4.図書館通い・・・・・・・・・ 24 日
5.庭仕事・散歩・菓子作り・・・ 27 日
6.読書・・・・・・・・・・・・  2 日

(所感)
図書館で、連日子どもたちを大勢見かけるようになりました。
≪夏休み≫に入ったことを実感します。

熱中症にならないように気をつけながら、≪庭いじり≫をしています。 
 

今月の本

 投稿者:月刊読書人  投稿日:2019年 7月31日(水)11時14分56秒
返信・引用
  ある雑誌で、「デビュー以来45年以上にわたり、豊かな物語を紡ぎ続けてきた孤高の作家、皆川博子さん。彼女の幻の作品を集めた『夜のアポロン』(日下三蔵編、早川書房)が、今年3月の刊行以来話題を呼んでいます。同書は1970年代から90年代にかけて執筆され、雑誌などに発表されたまま埋もれていた名品の数々を、評論家の日下三蔵さんが発掘したファン垂涎の一冊。闇に惹かれ、罪に落ちてゆく人びとの姿を描き出し、読む者を陶酔させる幻想ミステリの世界を描いています・・・」という文章を読んだ。

このような記事を読むとすぐに読んでみたくなるのが私の習性、早速図書館で探したらすぐに見つかったので、借りてから期限ぎりぎりの2週間でなんとか読み終えた。

皆川博子さんの略歴を見ると、1930年旧朝鮮京城市生まれ、とあるから今は90歳近い年齢であるが、73年「アルカディアの夏」で小説現代新人賞を受賞しデビュー。以来、約半世紀にわたりミステリ、時代小説、幻想小説、歴史小説などの幅広いジャンルで旺盛な執筆活動を続けている。直木賞をはじめ柴田錬三郎賞、吉川英治文学賞。本格ミステリ大賞をそれぞれ受賞。13年には第16回日本ミステリー文学大賞を受賞、15年には文化功労者に選出されてもいる。
今月はこの作家の上記、日下三蔵さんが推奨している「夜のアポロン」を紹介しよう。

  夜のアポロン     皆川博子  著(早川書房)

本書には1978年から1996年の間に「婦人公論」「小説宝石」「小説現代」「小説新潮」などに収められた16の短編からなる。「夜のアポロンは冒頭に載っている。

朝日新聞にもつぎのような紹介文が載っていた。  「皆川作品は多岐にわたる。「恋紅」や「新・今川記 戦国幻野原」のような時代歴史小説、「薔薇忌」のような幻想小説、「死の泉」のようなミステリー・・・様々なジャンルで高い評価を受けているものの、実際はジャンルなどすっとばし、時空の壁も、ときには日本という枠からも飛び出して、自由自在に物語を紡ぎだす。それでいて、どこから言っても著者にしか書けない茫漠とした―孤独と欲望につかれた人間たちが影絵のように蠢く―闇の底へ導かれる。読みだしたら最後、絡めとられ異界へ連れ去られてしまう皆川作品の魔力はどこからくるのか。」

だが、実際に読んだ私には、全部違う話なのに、物語に漂う暗さややるせなさ、背徳感などが共通していて、二編三編と立て続けに読むとなんだかしんどくなってくる。それだけ周到に物語の世界を編み上げているということだろうか。表からは見えない人生の後ろ暗い部分を執拗に描いていて、息が詰まりそうな気持ちになった。背筋がざわざわする不穏な感覚と底知れない闇に堕ちていく疾走感、そして果てしない虚無感である。

「堕ちろ、堕ちろ、と呪いの言葉を吐く晶子は、幸せだ」
「ウエディング・ベル。そのあとに“日常”という罠がひろげていたのだ」
「失われたものの残骸は、かすかな幸せの予感と酷似している」
「體は死ななかったが、心は死んだ。そう私は思った」
いずれも「夜のアポロン」の中の一節。一つ一つの言葉に、怨念や冷笑や絶望が刻まれている。しかもそれらは、舞台のセリフを口にしたときのように生々しく立ち上がってくる。二次元の文章が、著者の手で三次元にも四次元にも広がっていく。
避暑地でのひと夏の恋に溺れたサーカス団の青年は、恋人の胸に電極を繋いだ。一方、彼にひたむきな想いを寄せる同じ団の娘は、振り向かぬ青年に一世一代の罠を仕掛ける。高慢な太陽神に喩えられた青年を待つすさまじき運命とは? 青春の残酷なまでの輝きを映した表題作「夜のアポロン」の主題である。疎開地に咲いた友情という悪意の華を描いた「冬虫夏草」、湯屋に残された手拭いから少女殺しを追う明治人情譚「死化粧」、非行少女更生施設で進行する恐るべき秘計を追う「魔笛」、和歌にひそむ暗号を解き明かす「ほたる式部秘抄」、東野圭吾ら実在の作家名が登場する稚気に富んだ密室の怪「塩の娘」など、初期作品を中心に書籍未収録のミステリ中短篇全16篇をバラエティ豊かにセレクトされている書である。

率直な読後感としては、ますます熱くなる季節、清涼感とはまるっきり逆の重たい感想と感慨をもたらす短編集であった。
 

≪7月31日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月31日(水)06時56分38秒
返信・引用
  ・2011年 7月31日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『7月の言葉から』
(本文)
夕立の雨脚は白く光り、古来、『銀の竹』や『銀の矢』に見立てられてきた。梅雨明けの炎暑から一転し、雷鳴に驚き、豪雨への警戒が続く、7月の言葉から。

転校などで野球部員が減った福島県の3高校が、『相双連合』チームを組んで県大会に出た。初戦で、1-8と敗れたが、最後に得点して、一矢を報いた。服部芳裕監督(52)は、『この先、苦しいことが待っているかもしれない。でも、お前らはできる。最後の1点がそれを証明した』。

歌舞伎の中村吉右衛門さん(67)が、人間国宝に。歳を重ね、精神が充実すれば、体は衰える。
そんな矛盾の抗(あらが)い、『80歳で、本公演の25日間、勧進帳の弁慶を務めるのが夢。常に上を向き、”高み”を目指さねば落ちていく』。その夢は、歌舞伎ファンの夢でもある。

”困ったときに玄関に掲げて”、と宮城県・登米(とめ)市の、佐沼警察署が、仮設住宅のお年寄りに、手作りの”黄色い旗”を配った。『幸せの”黄色いハンカチ”ではないが、心の支えになりたい』、と三宅直希(みやけ・なおき)・地域課長が言う。

東大を退職した、社会学者、上野千鶴子さんが、特別(最終)講義。
『超・高齢化社会が来て、よかったと思っている。かつて、”強者(きょうしゃ)”であった人も、最後には、誰かに支えてもらわないと、自分の、”生”を全うできない。”強者”も、自分が、
”弱者”になる可能性を想像しなければならない社会だから』。

『しょう来、”がん”になりませんように』。七夕の短冊に、福島の小2女児が書いた願いに、胸が痛む。”金銀砂子(きんぎんすなご)”の星々には、明るい願いこそ、似合う。安らぐ日々が早く戻りますよう。

・ 7月31日 『7月の言葉から』
(ポイント・要約)
 日々の『天声人語』で紹介できなかった、当月の話題・言葉のいくつかです。
1.仮設住宅のお年寄りに、≪困ったときに、玄関に掲げて下さい≫といって、手作りの
  黄色い旗を配ったという、宮城県・登米市(とめし)警察署・地域課長の弁です。
  『”幸せの黄色いハンカチ”ではないが、心の支えになりたい』。
2.東大を退職した社会学者・上野千鶴子氏の最終講義の中の言葉であるということです。
  『≪超・高齢化社会≫が来て良かった思っている。”強者”であった人も、最後には、
  誰かに支えて貰わないと、自分の”生”を全うできない・・・(略)・・・』。
3.福島の小学2年生・女児が書いた、七夕の短冊だということです。
  『しょう来、”がん”になりませんように・・・』
  答え方、説明の仕方は、人・夫々あるでしょうが・・・うっかりして、子どもたちの
  心の中を忘れないようにしたいものです。
 

≪7月30日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月30日(火)07時26分20秒
返信・引用
  ・2018年 7月30日付≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文・・・です。

(本文)
タイ北部の洞窟に閉じ込められた、サッカー・クラブの少年らの救出劇に拍手を送った人は多いだろう。世界各国のダイバーが結集し、力を合わせた。

実は日本も一役買っていた。高度600キロから、現地の精密な地形図を撮影して、タイ政府に提供した。衛星画像は、救助に向かう入り口や道の探索に利用されたという。宇宙航空研究開発機構(JAXA)の観測衛星、『だいち・2号』の力である。

救出に携わった全関係機関にタイ国王から感謝状が届いた。
ダイバーの活躍に比べれば地味だが、日本の技術力を誇らしく思う。『衛星から地表に向けて電波を照射して・・・』。当欄の執筆にあたり、必死に担当者に取材したが、ちんぷんかんぷんだった。割愛する。

明るい知らせを汚すが、JAXA出向中、コンサルティング業者に繰り返し接待を受けたという、文部科学省幹部の収賄容疑での逮捕だ。宇宙飛行士の講演の便宜を図ったと疑われている。
この幹部も、東京医科大への息子の不正入学を巡って起訴された、前・文科省局長も、旧・科学技術庁出身の官僚である。科学界を育成する立場なのに、”おとしめて”どうする。


 

≪7月29日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月29日(月)06時51分32秒
返信・引用 編集済
  ・2014年 7月29日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『9回裏に待つ奇蹟』
(本文)
川柳作家には人間観察の達人が多い。だからこの句も、野球を詠みつつ、人生一般の情景描写と見ることができる。≪九回裏 別に奇蹟も なく負ける≫。戦後川柳の大家だった、川上三太郎の作だ。
ただし、ごくまれに、人生でも球場でも、起きないはずのドラマは起きる。

高校野球・石川県大会決勝のスコア・ボードの写真は、歓喜と非情の数字をとどめていた。≪0-8≫で負けていた、”星稜”が9回裏に9点を挙げ、逆転サヨナラで、小松大谷を破った。
最終回、8人が本塁を踏まなければ、甲子園は消える。至難もいいところだが、”星稜”の選手たちは、笑いを絶やさなかった。『笑えば前向きになれる』。”必勝”ならぬ、『必笑』を今年のチームの合言葉にしてきたという。

一方で、目の前の勝利をさらわれた側の悔しさは募る。打たれて号泣して謝る、2年生投手に、途中交代した3年生エースの山下亜文君は泣きながら、「次、がんばれよ」と声をかけた。そして、『これが野球やと思う』、と。

高校野球好きで知られ、幾つもの『甲子園の詩』を残した作詞家の阿久悠さんなら、地方大会のこの結末をどう見ただろう。詩集をめくっていたら、次のくだりが目に留まった。
≪勝つことで得たものと、敗れることで得たものと、秤にかけて”重さ”を比べれば、やがて同じ目盛りになる≫。各地で続々と代表が決まり、来月9日には、甲子園に集う。参加約3900校のうち、最強の1校を除いて負けないチームはない。どの秤にももれなく、ずっしり重いものが載るはずだ。

・ 7月29日 『9回裏に待つ奇蹟』
(ポイント・要約)
1.起きないはずのドラマは起きる、ということです。高校野球・石川県大会決勝のスコ
  ア・ボードは、歓喜と非情の数字をとどめていた、ということです。
2.≪0-8≫、最終回8人が本塁を踏まなければ、甲子園は消える。至難である。しか
  し、星稜が9回裏に9点を挙げ、逆転サヨナラで、小松大谷を破ったということです。
3.高校野球好きで知られ、幾つもの『甲子園の詩』を残した作詞家・阿久悠さんの詩集
  をめくってみた、ということです。
 ≪勝つことで得たものと、敗れることで得たものとを、≪秤≫にかけて重さを比べれば、
  やがて同じ目盛りになる≫。
4.各地で続々と代表が決まり、来月9日には甲子園に集う。参加約3900校のうち、
  最強の1校を除いて、負けないチームはない。どの≪秤≫にももれなく、ずっしり重
  いものが載るということです。

(所感)
頑張れ! 母校、地元高校、家族ゆかりの高校球児たち!
 

≪今週は、ヨーグルト・チーズケーキでした≫・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月28日(日)12時57分40秒
返信・引用 編集済
  今週は、≪ヨーグルト≫を、『ギリシャ・ヨーグルト』に変更してみました。

『合格!』・・・です。
たまたま、娘が寄って食し、『おいしい!』と言ってくれました。
自分で作って食べるのも楽しいですが、娘に食べて貰って旨いと言われると、更に嬉しいものです。

10.≪ヨーグルト・ケーキ作り≫

 ≪リッチ・ヨーグルト・レア・チーズ・ケーキ作り≫

(材料)・・・(冷却保存容器・1ケース分・基準)

①粉ゼラチン・・・・・・・・・1袋(5g)
②ぬるま湯・・・・・・・・・・大さじスプーン・1杯半
③マーガリン・・・・・・・・・15g・・・
④クリーム・チーズ・・・・・・108g(伊藤ハム・Kiri・クリーム・チーズ)
⑤生クリーム・・・・・・・・・50ml・150ml(合計・200ml)
⑥グラハム・ビスケット・・・・90g(マリー・ビスケット・7袋・21枚・113g)
⑦きび糖・・・・・・・・・・・80g
⑧ギリシャ・ヨーグルト・・・・100g(ホエイ・水切り後・ヨーグルト・200g)

(下準備)
①ぬるま湯に粉ゼラチンを入れて溶かしておく。
②マーガリンを溶かしておく。
③クリーム・チーズは室温に戻しておく。
④生クリームを泡立つくらいにかき混ぜておく。

(土台作り)
⑤ボールにグラハム・ビスケットを細かく砕きく。
⑥溶かしたマーガリンーをビスケットに混ぜ合わせた後、容器に敷き詰める。

(生地作り)
⑦ボウルに、きび糖、溶かしたゼラチン液とヨーグルトを入れてしっかりかき混ぜる。

(冷却・仕上げ)
⑧生地が泡立つくらいに混ぜ合わせたら、ビスケットを入れた土台容器に少しずつフラッ
 トになるようにお流し込む。
⑨冷蔵庫で3時間以上冷やして固める。

 ≪ヨーグルトの冷たいお菓子と焼き菓子≫(世界文化社)
 

≪7月28日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月28日(日)08時16分37秒
返信・引用
  ・2017年 7月28日付≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文・・・です。

(本文)
セミの抜け殻を空蝉という。『空蝉の』は、世、人、身にかかる枕詞で、無常を表す。その季節というものの、である。就任してまだ1年に満たない。民進党の蓮舫代表が辞任するという。

その党を会社に例えればかつて欠陥車を製造した自動車メーカーである。≪民主自動車≫
では、鳩山由紀夫社長の頃、外交・安全保障のハンドルが走行中に脱落した。一体どこに向かって走るのやら、これでは国家の命が危ないと客足が遠のいた。

≪民進自動車≫に社名が変わっても、外交・安保や憲法の設計は依然なおざりである。
業界首位の≪自民モーターズ≫も問題を抱え、評判が落ちてはいる。社長のゴルフ仲間が、特別仕立ての、”コネ”でもらった・・・との疑惑だが、比べるのはどうだろう。

それを理由に自民印を廃車にし、ハンドルのない民進印の欠陥車に買い替える度胸のある客は、そうそういまい。相手が真っ青になるほど立派なハンドルを装備することである。
≪空蝉の 両眼濡れて 在りしかな≫(河原枇杷男)。欠陥を放置する限り、民進党は涙の空蝉となるほかない。誰が後任の代表になろうとも、である。

(所感)
2017年の、コラム文です。
≪贔屓(ひいき)筋の新聞の評では、こうなるのでしょうか・・・?≫
 

むかわ竜 2

 投稿者:鳥星  投稿日:2019年 7月27日(土)20時24分48秒
返信・引用 編集済
  ネットから
> 最初の化石は北海道勇払郡むかわ町にて地元の化石ハンターによって発見された。当時は首長竜の化石と考えられたが、後に首長竜の専門家である佐藤たまき氏の鑑定で恐竜のものと判明、地元にある穂別博物館と北海道大学の3年にわたる合同発掘調査で、全身の8割もの骨格が発掘され、その後4年以上かけてクリーニングが行われた。

基本的に恐竜の骨格は化石になる過程で他の生物に食べられたり、化石化しても地表に出て風化して消失してしまったりすることがほとんどで、全身骨格の揃った標本が発見される確率は非常に低い。日本国内で見つかる化石もほとんどは歯や骨の一部のみで、むかわ竜の発見まで最も完全な骨格が揃っていたのはフクイヴェナトル(全身の6割)ぐらいだった。むかわ竜の場合は死後海に流され、すぐに海底に沈んだ結果全身が残ったと推測されている。

全長8mほどの大型のハドロサウルス類であり、恐竜が最も繁栄した白亜紀後期の恐竜の全身骨格では国内初で、世界的に珍しい標本でもある。
その後の研究でトサカのないサウロロフス類(特に近縁なのはロシアのケルベロサウルス)に属することがわかった一方、トサカの痕跡があったため「トサカのあるトサカのない」恐竜というややこしい恐竜になってしまった。海岸線に近い場所に棲み、独自の進化を遂げたとされ、新属新種の可能性が高いと考えられている。

動画:
https://www.youtube.com/watch?v=oDCH0dwwe6U
 

(無題)

 投稿者:鳥星  投稿日:2019年 7月27日(土)16時15分18秒
返信・引用
  むかわ竜
 

≪7月27日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月27日(土)12時40分29秒
返信・引用
  ・2017年 7月27日付≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文・・・です。

(本文)
日本文学の研究者、ドナルド・キーンさんは、ニューヨークの友人宅を訪ねたとき、往年の大女優、グレタ・ガルボと一緒になった。以前、本紙で思い出を語っている。伝説の美貌はすでに面影もなく、口紅が唇からはみ出して塗られていた。

女優はその頃、容色の衰えた自分の顔を見ることに耐えられず、鏡を身辺から遠ざけていたという。紅がうまく引けないのも道理だが、哀しい話ではある。
ありのままに映し出されると不愉快になり、遠ざければ遠ざけたで結果は芳しくない。鏡はときに厄介なものである。権力にとってメディアの存在は、鏡に似ているかもしれない。

自民党の二階俊博・幹事長が、二階派の研修会でまた、メディア批判を開陳したという。『われわれは料金を払って、(新聞を)購読しているのだから、書く方も責任を持ってくださいよ』、はまあいい。『そんなこと(=世論の批判)に耳を貸さない』、はさて、いかがなものだろう。

ロシアの作家、ゴーゴリの戯曲、『検察官』の一節を思い出す。≪”つら”が曲がっているのに、鏡を責めて何になる・・・≫。鏡を責めて、見目麗(みめうるわ)しくなった政権はない。
 

≪7月26日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月26日(金)07時40分44秒
返信・引用
  ・20214年 7月26日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『半世紀の≪日本百名山≫』
(本文)
深田久弥(ふかだ・きゅうや)の名を知らない人でも、『日本百名山』は聞いたことがあろう。多くの山好きに読み継がれ、いまでは、深田の選んだ”百山”の完登をライフ・ワークにする人も少なくない。名高い一冊が刊行されて、この7月で半世紀になった。

この前の日曜には、故郷の石川県・加賀市で、50周年記念碑の除幕式があった。深田は、『山の文学者』と紹介されることが多く、その足跡は文人の趣味に収まらない。明治生まれまがら、ヒマラヤを踏査し、『ロマンチックな遍歴者』と自身を称した。

選んだ”百山”には、すべて自ら登っている。品格、歴史、個性を基準に独自に選んだ。及落すれすれの山をふるいにかける心情を、『愛する教え子を、落第させる試験官の辛さに似ていた」、と述べている。
あらためて読み直すと、ゆたかな知識と感性に引き込まれる。たとえば富士山を、『小細工を弄しない、大きな単純』と表し、『幼童でも富士の画は描くが、その真を現わすために、画壇の巨匠も手こずっている」。言葉はぴたりと的を射る。

ついでながら数えてみると、小欄筆者が登った山は”51”あった。といっても大半は、若い頃の『遺産』。山に入れ込むうちにいつしか増えた。今は猛暑の下界から、稜線の風を懐かしむばかりでらる。
深田は、『百の頂に、百の喜びあり』、の言葉を残している。百は”百名山”と読めるが、『それぞれ』の意味にも読める。待ちかねた夏休み。名山をめざすのもいいが、凡山もまたよし、だろう。ただし、喜びのためのは、安全が欠かせない。

・ 7月26日 『半世紀の≪日本百名山≫』
(ポイント・要約)
1.深田久弥の『日本百名山』が刊行されて、この7月で半世紀になった、ということです。
2.深田氏は自ら山に登り、山々を、≪品格≫≪歴史≫≪個性≫等々を独自の基準で評価
  し、『百山』を選択したということで、及落をふるいにかける心情を、≪愛する教え子
  を、落第させる試験官の辛さ、似ていないだろうか≫と語っているということです。
3.その百名山の完登をライフ・ワークとしているファンも大勢いるということですが、
  それもまた良し、ただし、喜びを目指すための安全を欠かさないようにしたい、とい
  うことです。
 

≪7月25日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月25日(木)07時12分1秒
返信・引用
  ・2017年 7月25日付≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文・・・です。

(本文)
11歳の少女は日記に書いている。≪5月14日、土曜日、晴。ママと康(こう)ちゃん(弟)と一緒に、銀座のコロンバンに行った。干葡萄(ほしぶどう)の入ったお菓子を買った。あしたの晩、みんなで、お祖父(じい)ちゃまにおいしい洋食をさし上げる予定だからです≫。

干葡萄のお菓子はどうなったのだろう。翌日の記述は、1行しかない。≪5月15日。お祖父ちゃま御死去≫。犬養毅(いぬかい・つよし)首相が暗殺された、1932年(昭和7年)の、『五・一五事件』である。

総理大臣の権力も、死に対しては何の力も持ち得ない。限界のないもの、絶対不変のものを求めて、クリスチャンになった。評論家の犬養道子(いぬかい・みちこ)さんである。

20歳のとき、父・健(たける)氏がソ連の謀略(ぼうりゃく)活動、『ゾルゲ事件』に関与した疑いで逮捕された。特高(とっこう)警察が家宅捜索に来る直前、母親が書斎の書類を釜の底に入れ、コメをぶち込むや、飯を炊(た)くのを犬養(いぬかい)さんは見ている。難民の支援活動などで見せた、不屈の意志は、昭和史が家族に見舞った不幸の中で育(はぐく)まれたのだろう。

犬養道子(いぬかい・みちこ)さんが、96歳で亡くなった。誰が名づけたか、その呼び名がこれほど似つかわしい人もいない。≪歴史の娘≫という。
 

匿名人さんへ

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2019年 7月24日(水)23時31分46秒
返信・引用
  同感してもらって恐縮です。バカとかアンポンタンとかきつい言葉を使って、読者に不快感を与えたかなと思っていたところだったのでね。

格差とか貧困について言えば、もう14年ぐらいまえの同人誌上で、50年前に北アルプスで遭難死した亡き友に語らせる形で、これからの日本は「格差や貧困」が政治上の大きな問題になるという予言をさせたことがあります。かって日本の安定化の基盤であった一億総中流化がここ10年間はくずれていく過程でもあったとも言えます。

こどもの貧困は6人に一人、非正規従業員は就業者の4割を占め、生活保護を受ける世帯は毎年急増しています。こんな日本にだれがした、といえば間違いなく「政治の貧困」が大きな因でしょう。

今回の選挙応援でアベゾーは安倍内閣になってから貧困率がおおきく下がったと、得意げに話していましたが、実態は各家庭の収入の基準が下がったので、相対的に貧困率が下がったにすぎません。要するに日本人の各家庭の平均収入が500万円とすると、その半分、つまり250万円しか収入がない家庭を貧困家庭としてみなすのですが、例えば、平均収入が400万だったら、200万円以
下が貧困家庭となります。それで、アベゾー内閣ではこの各家庭の平均収入がずいぶんと落ちてしまったわけです。それで従来の200万から250万円の間の収入のある家庭は貧困家庭には属さないわけですね。
これで貧困率が、下がったとは、まさにアベゾーの大嘘付きの一端を示しているにすぎません。この男が数字を持ち出して、あたかも成果を誇るような言い方には絶対に裏があることを見逃してはならないようです。

まあ、こんなのがあと2年半も首相になるということは、日本国の最大の恥とも言えます。
 

選挙

 投稿者:匿名人  投稿日:2019年 7月24日(水)10時34分48秒
返信・引用
   吟遊視人さんのお嘆き失望同感です。

とにかく貴方様のように、詳しい理論展開はできませんが、どこまでアベゾウー君の自民党が続くのやら?
 国民の寛大さ(?)に驚きと怒りが湧きます。私は貧乏です。でも、もっと貧乏な国民が大勢います。この方々の現政権への寛大さ(?)は世界遺産級のレベルかもしれませんね。

 もうあまり先の無い(あるかもしれない)私の時代には、私が夢見るどこかの精神的そして物質的にも平等で豊かな国に行くことは難しい・・・と諦めも半分が現実のようですが。

選挙を棄権することは絶対にないけど、選挙への期待もあまりしないのが、精神衛生上いいようですね。
 

≪7月24日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月24日(水)07時43分2秒
返信・引用
  ・2011年 7月24日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『涼しき緑のカーテン』
(本文)
旧知のご高齢からの暑中見舞いに、『再び、困った時の、”ツル”頼みです』、とあった。”ツル”とは、”蔓(つる)”のこと。戦時の食糧難の際、空き地を耕して、”サツマイモ”や、”カボチャ”が作られた。少年だった、ご高齢も校庭の隅で慣れぬ、”鍬(くわ)”を振るったそうだ。
言われてみれば、”イモ”も、”カボチャ”も、”蔓”を伸ばす。時は流れて節電の夏、猛暑を少しでも和らげようと、”蔓性”植物が、窓や壁を這う。『緑のカーテン』の一語はすっかり、市民権を得た。私亊ながら、拙宅でも、自治体の抽選で当たった、”ゴーヤ”が窓を覆って伸びている。

去年は、”ヒョウタン”を植えた。”アサガオ”や、”ヘチマ”も人気だが、今年は、”ゴーヤ”が、”大ブレーク”した。まず、育てやすい。畑作の経験だと、”キュウリ”病気で、”へたって”も、”ゴーヤ”はどこ吹く風だ。葉の茂りも濃く、遮光効果は大きい。
≪”なおこ”やら ”りこ”ちゃんという ゴーヤあり 吾子(あこ)は名札を 作るのが好き≫。ほほえましい一首が去年の小紙、歌壇に載っていた。名前をもらって、すくすく育つ緑を想像すれば、心の中を涼風が吹く。

むろん、実際の効果もある。葉っぱから水分を、”蒸散(じょうさん)”させて、周りの熱を奪ってくれる。横浜市の調査では、緑のカーテンで、日なたの壁の温度が、約10度下がるそうだ。植物の力はあなどれない。
≪やっぱりか あっちこちから ゴーヤ来る≫、はこのあいだの川柳欄。おすそ分けが隣近所を行き交う図も楽しい。ビタミンCが豊富で、夏バテ予防に良いというから、一石二鳥(いっせきにちょう)だ。チャンブル料理に、冷えたビールを泡立てる。暑さもまた良し、の舌鼓(したづつみ)となる。

・ 7月24日 『涼しき、緑のカーテン』
(ポイント・要約)
1.節電の夏、猛暑を少しでも和らげようということで、窓や壁を蔓(つる)性の植物で、
 『緑のカーテン』で覆わせてみる、という試みの話題です。
2.ヒョウタン、朝ガオ、ヘチマ・・・今年は、ゴーヤの出番だということです。
3.キューリは病気になって、≪へたって≫しまうこともあるが、ゴーヤは丈夫で育てや
  すく、葉の茂りも濃く、歓迎のようです。
4.横浜市の調査によると、緑のカーテンで、日なたの壁の温度差が、約10度下がると
  いう紹介があります。
5.隣近所同士で、ゴーヤの≪お裾分け≫も微笑ましく、ゴーヤ料理もプラスされて、一
  石二鳥、ということです。

(所感)
どこから、種が舞ってきたのか、庭で、≪ナデシコ≫が綺麗です。
≪撒かれたところで咲け!≫・・・自然にまかせきりですが・・・
昨朝は、今夏初めての、≪アサガオ≫が咲きました。
花のお陰で、雑草取りも、≪楽しみ?≫ですね。



 

参議院選挙が終わって

 投稿者:吟遊視人  投稿日:2019年 7月23日(火)11時38分2秒
返信・引用
  参議員選挙が終わった。与党が半数以上確保したのは残念だったが、アベゾー念願していた憲法改正のための3分の2に達しなかったのは、不幸中の幸いというか、いくらか胸をなでおろしたものである。

それにしてもこの国の人々の政治意識と民度の程度というのにはいまさらながら失望せざるをえない。
アベゾーが政権に復帰してから6年半経つが、この男が首相になったときは、「こんな資質も資格もない男だから、そのうちにすぐボロが出て退陣せざるをえないだろう」というのが、私が属している政治談議の好きなあるグループ全員の一致した見方だった。
案の定「ボロ」や「汚れ」は次から次へとすぐに出したが、(例えば不祥事の大臣が6人も辞めたのに、任命責任はとらない、武器輸出法から始まって、秘密保護法、盗聴法、安保法制など重要法案の強行採決、そのたびに説明責任を言いながら、やはり責任をとらない、モリカケ疑惑など・・・・あまり多すぎて私の「アベゾーのでたらめさ、お粗末さシリーズ」は29回で終わっているが、書こうと思えば100回ぐらいは書けるのではと思っている」、私たちが見誤ったのは、この国の人々のアベゾーへの見方であり、政治意識の劣化現象である。

アベゾーが犯した数々の大罪や悪行の一つでも辞めさせる理由になると考えているが、この国の人々はあまりにも寛大すぎる。というよりバカである。
いや、この国の人々というのは誤解があるかもしれない。というのは前回の参議院選挙や衆議院選挙の場合は、50%台の投票率で言えば、全有権者の18%が自民党へ票を入れたということだった。今回は(戦後2番目に低い)48%ということだから全有権者の比率で言えば、自民党へ投票した人は15%ぐらいか。
つまり15%ぐらいはバカかアンポンタンである。そう思わざるをえないくらい、私には自民党へ投票する理由が分からないのだ。
それでだ、この掲示板の投稿者や読者には、必ず自民党へ票を入れた人がいると思えるので、「なぜ自民党へ入れたか」をぜひご教示してほしい、と切に想う。
まさかこの掲示板を読む人に、「他よりよさそうだから」とか「他に適任者がいない」というような幼稚な思考からではないと思うが。
 

かたえくぼ

 投稿者:沼南ボーイ  投稿日:2019年 7月23日(火)09時18分7秒
返信・引用
  「大関の別名」
   綱わたりーーー相撲用語集
 

≪7月23日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月23日(火)07時47分34秒
返信・引用
  ・2014年 7月23日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

・ 7月23日 『パレスチナの悲劇』
(本文)
≪パレスチナ自治区ガザへのイスラエル軍の攻撃で、死者は500人を超えた。片や、イスラム過激派のハマスは徹底抗戦で構える。『世界の良心』のはずの国連は、例によって、”音無し”だ。炎と煙の中で、民衆の悲嘆がわきあがる≫。今の話でわない。5年前の1月の当欄の一節である。

手抜きだとお叱りを受けそうだが、言葉を変えずに使い回しができる。昨日の国際面に、『死者500人超に』の見出しがあった。なぜこうも流血が繰り返されるのか。
国連児童基金(ユニセフ)によれば、この2週間で少なくとも、121人が死亡している。口をあけた泥沼は呑み込む者を選ばない。力の差が歴然としたイスラエルの過剰さに、国際社会の非難は強まるばかりだ。

『みんな殺された。ユダヤ人に死を』『イスラエル人が殺されたら、お祝いだ』。ガザでわき上がる怒声を本紙記者は伝える。殺し合いが、次の殺し合いに理由を与え、憎(にく)しみの火薬は湿ることを知らない。
問題の”根”は深いが、1948年、パレスチナの地にイスラエルが建国されたことで衝突が始まる。一方は独立を歓喜し、片や『ナクバ(大破局)』と悲嘆した。このときだけで、70万人が難民になった。
≪天蓋花(てんがいばな) この世におほふ愛足りず ガザ地区にまた 少年が死ぬ≫。米川千嘉子。過去をひもとけば、おそらくは愛よりも憎悪が人間の歴史の『主役』だった。血の物語が何ページも綴られてきた。一刻も早い停戦、そして双方が新たな犠牲を出さない知恵を絞れないか。

・ 7月23日 『パレスチナの悲劇』
(ポイント・要約)
1.5年前の1月の当欄の記事の一節の紹介である、ということです。
 ≪パレスチナ自治区ガザへのイスラエル軍の攻撃で、死者は500人を超えた。イスラ
  ム過激派のハマスは、徹底抗戦を構えます。”世界の良心”であるはずの国連は、”音
  無し”である≫。
2.昨日の国際面で、全く同じ記事が使えそうな、≪流血≫が繰り返されているというこ
  とです。殺し合いが、次ぎの殺し合いの理由を与え憎しみが繰り替えされます。
3.問題の≪根≫は深いが、1948年、パレスチナの地にイスラエルが建国されたこと
  で衝突が始まり、一方は、≪独立を歓喜し≫、他方は、≪ナクバ(大破局)と悲嘆し
  ます。
4.一刻も早い停戦、そして双方が新たな犠牲を出さないですむような知恵を絞り出せな
  いものだろうか、ということです。
 

≪7月22日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月22日(月)09時45分35秒
返信・引用
  ・2011年 7月22日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『メディア帝国の落日』
(本文)
英語圏の有力紙やテレビ局を抱える、ルパート・マードック氏(80)。その名が日本で大きく報じられたのは15年前、ソフト・バンクの、孫正義氏と組んで、テレビ朝日株の2割強を握った時だ。わがメディア界は、”黒船襲来”と大騒ぎになった。
くだんの株を買い取った、朝日新聞の社長(当時)が、マードック氏の印象を語っている。
『孫氏への説得の仕方を観察するに、大先輩が、”やんちゃな”後輩を温かく見守っている感じだった』。無論、氏のビジネスは、”温かさ”と無縁である。

そのメディア王が窮地にある。傘下の英大衆紙が、事件の被害者ら多数を盗聴した疑いが深まったためだ。元・幹部たちが捕まり、168年の歴史と、265万の部数を誇る同紙は廃刊。攻守、所を変えて叩かれている。

ことは、老・メディア王の落日にとどまらない。警察や政界との癒着が露見、ロンドン警視庁トップが辞任した。逮捕された、元・編集長を重用し、マードック氏や側近と親密だった、キャメロン首相は、釈明の日々だ。

この大衆紙の『盗聴癖』は知られていたが、警察は深追いをせず、政治家は仕返しを恐れた。だが、盗聴先が一般人を含む4000人とされては空気も変わる。組織的な『のぞき見』取材、ゆがんだ商業主義に、国民と同業者の怒りは大きい。
強大なメディアほど、自らの不祥事に弱い。恥ずべきニュースをぎこちなく伝えるのみだ。大衆の興味を”糧”に築いた、メディア帝国が、醜聞の海でもがいている。希代の、『情報使い』が、商品に逆襲される、”図”である。

・ 7月22日 『メディア帝国の落日』
(ポイント・要約)
1.英語圏の有力紙やテレビ局を抱え、168年の歴史と、265万の部数を誇っていた、英・大衆紙が廃刊に陥ったという、話題です。
2.老・メディア王とも呼ばれていた、ルパート・マードック氏の、警察や政界との癒着が露見し、ロンドン警視庁トップが辞任し、逮捕されたということです。
3.大衆紙の『盗聴癖』が高じて、一般人をふくむ、4000人に及ぶ組織的な、≪のぞき見≫取材の商業主義に、国民と同業者の怒りがおさまらなくなったようです。
 

≪7月21日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月21日(日)07時59分34秒
返信・引用
  ・2014年 7月21日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『二つの”故宮(こきゅう)”に触れる』
(本文)
鉄道模型を見る時のわくわく感に似ているだろうか。『皇帝のおもちゃ箱』とも呼ばれる木製の箱に目を奪われた。東京国立博物館で開かれている、台北故宮博物院展の呼びものの一つ、『紫檀多宝格(したんたほうかく)』だ。

一辺25センチほどの大きさに、途方もない仕掛けが潜む。箱の中には、数多くの棚が精巧にしつらえられていて、30点の宝物が整然と並ぶ。青銅器、象の形の置物、文鎮や硯などの文房具、磁器の瓶といったもののミニチュアである。象牙の器に入った、ルビーの指輪もある。

”清(シン)”の最盛期に君臨した、乾隆帝(けんりゅうてい)がつくらせたものだという。ときおり取り出しては”玩弄(がんろう)”し、心を慰めたものか。見ていると所有欲がうずいてくるが、『神品至宝(しんぴんしほう)』と銘打たれた歴史遺産に手が届くはずもない。

一昨年、同じ場所で見た展覧会を思い出す。北京の故宮博物院展だ。こちらには、乾隆帝の”肖像”があった。座って、玉器(ぎょくき)などを鑑賞」している。画中(がちゅう)に描き込まれた家具や器物を自前(じまえ)の所蔵品として再現して見せ、最高権力者の暮らしぶりを彷彿とさせていた。今回に勝るとも劣らぬ趣向だった。

王朝の興亡が繰り返された中国。新しい王朝は、歴代王朝がのこした文物を集めることを通じ、中華文明の担い手としての正統性を確固たるものにしたという。二つの展示を見比べて、いまさらながら文化と政治は、密接不可分を感じる。
台北故宮と北京故宮が並立しているのも、歴史の動乱のしからしめるところ。いながらにして、双方に触れられた幸福を思いつつ、会場を後にした。

・ 7月21日 『二つの”故宮”に触れる』
(ポイント・要約)
1.東京国立博物館で開かれている、台北・故宮博物院展の呼びものの一つ、『紫檀多宝格』
  と呼ばれる、木製の箱に目を奪われた、ということです。
2.一辺が25センチほどの箱の中に30点ほどの宝物、≪青銅器≫≪象の形の置物≫
 ≪文鎮≫≪硯・文房具≫≪磁器の瓶(かめ)≫≪象牙の器・ルビーの指輪≫などが整然
  と並んでいる、ということです。
3.清の最盛期に君臨した、乾隆帝が作らせたもので、『神品至宝(しんぴんしほう)』
  と銘打たれた≪皇帝のおもちゃ箱≫であるということです。
4.一昨年、北京の故宮・博物院展で見た、『乾隆帝の肖像』も最高権力者の暮らしぶりを
  彷彿させるものであったが、今更ながら文化と政治は密接不可分を感じさせられた、
  ということです。
 

≪7月20日付≫コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月20日(土)08時30分26秒
返信・引用
  ・2012年 7月20日付≫ 朝日新聞・天声人語・コラム・・・です。

『上野の≪パンダ課長≫逝く』
(本文)
初めて日本にやってきた”パンダ・2頭”のうち、メスの”ランラン”が1979年(昭和54年)に死んだ。大勢が涙する中、誰よりも悲しんだのは、中川志郎さんだったろう。来日時の上野動物園の飼育リーダーはつらくて、解剖に立ち会うことができなかった。

何日かして、『約束、守ってくれたんだね』という文を本紙に寄せている。その年の正月、パンダ舎で、『ことしは赤ちゃんを産もうな』と『約束』をかわしたそうだ。約束どおり、”ランラン”は身ごもったが、おなかの子と一緒に息絶えた。『悲しみの二重奏』だったに違いない。親しみを込めて、『パンダ課長』と呼ばれ、のちに多摩動物公園や上野の園長も務めた中川さんが、81歳でなくなった。少年の頃から、生きものが大好きで、一筋に動物たちと人生を歩んできた人だ。

獣医科を出て、上野動物園には、『押しかけ就職』だった。園長に頼み込んで、日給230円のアルバイトで入った。下積み5年ののち、正社員になったというから、情熱のほどが伝わってくる。
20年ほど前のこと、『ロンドン動物園が赤字で閉鎖の危機』という本紙報道に、いちはやく反応してくださった。黒柳徹子さんと寄付を呼びかけ、お金を送った。それも力となって、幸い動物園は存続し、処分の可能性もあった動物たちは命をつないだ。

スターの動物にも脇役にも注ぐ愛情は変わらなかった。お世話になった大勢があちらで迎えることだろう。”ランラン””カンカン”も待っていよう。思い出話は尽きそうにない。

・ 7月20日 『上野の≪パンダ課長≫逝く』
(ポイント・要約)
1.日中友好の証しとして、中国から日本に、初めてパンダが贈られてきた当時、上野動
  物園の飼育リーダーだった、中川志郎氏の訃報です。享年81。
2.獣医科を出て、上野動物園に押しかけ就職、日給230円のアルバイトで入園し、下
  積み5年後に正社員になった、ということです。
3.多摩動物公園や上野動物園の園長も務めます。
4.ロンドン動物園が赤字で閉鎖危機になった折には、黒柳徹子さんたちと、寄付を呼び
  かけ、存続のバック・アップをして、処分の可能性にあった動物たちの命をつないだ、
  という逸話の紹介があります。
5.子供の頃から生きものが大好きで、一筋に、動物たちと人生を歩いてきた人である、
  ということです。

(所感)
子どものころは、こんなことは思いもしなかったが、動物園に持ち込まれる動物たちは、果たして
≪幸福≫だろうか、と考えたりします。

いや、そんなことより、映画、≪ハタリ!≫、でも思い浮かべてみようか・・・。
 

≪7月19日付≫・コラム文から・・・

 投稿者:旅人=M  投稿日:2019年 7月19日(金)07時56分22秒
返信・引用
  2017年 7月19日付≫ 読売新聞・編集手帳・コラム文・・・です。

(本文)
ドストエフスキーは、『カラマーゾフの兄弟』の巻頭に、新約聖書を引いている。≪一粒の麦もし地に落ちて死なずば、唯一つにてあらん。もし死なば多くの実を結ぶべし≫。日野原重明さんは、その一節を印象深く読んだという。

これほど異常な状況下の読書もない。1970年(昭和45年)3月、赤軍派にハイジャックされた日航機、『よど号』の機中である。ましてや、人質の乗客に向けたサービスで用意したものか、犯人から借りた本でもある。

『業績をあげて、有名な医師になる。そういう生き方は、もうやめた。生かされてある身は、自分以外のことにささげよう』。
当時、58歳の日野原さんは、心に誓ったという。『よど号』から生還したとき、名声と功績を追い求める麦は、一度死んだのだろう。≪生涯現役≫の医師として、健康で豊かな老いのあるべき姿を体現しつづけた。

誓いどおりの第二の人生に、どれだけ多くの高齢者が励まされたことか。日野原さんが、105歳で死去した。
いまでは語感も軽快な、『アラハレ』(=100歳前後の人)なる言葉が少しも不自然に聞こえない。その人が残した麦の実の、何と豊穣なことよ。
 

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