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全337件の内、新着の記事から100件ずつ表示します。 1  2  3  4  |  《前のページ |  次のページ》 

比羅夫=枇榔?

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月30日(金)20時34分5秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   サルタヒコは海人で、しかもプロの案内役ですよね。それがウッカリ "浅瀬の貝"に挟まれるって〜のはどうなんでしょうか?

 で、ちょっと気になるのが、田仁さんの言う「波状にギザギザ」。。。これは「ビロウ(枇榔)ヤシ科」を連想しますね。
 この木は琉球圏でも神の依り代「クバ」と呼ばれていて、その葉はまさに「波状にギザギザ」。。。奈良貴族にも神聖視された「アジマサ(辺境の草?)」ですね。

写真は、与那国島祖納の聖地。。。右側の緑が枇榔の葉。
 

埋葬

 投稿者:田中  投稿日:2009年 1月29日(木)11時32分55秒 softbank221055049197.bbtec.net
  う〜ん、この形は赤ん坊が生まれてくる瞬間に似てますね。  

質問続きですが。

 投稿者:田仁  投稿日:2009年 1月28日(水)21時45分19秒 ff-in-f68.google.com
  お言葉に甘えて、ですね、此処は一つ「比羅夫貝」の意味を、尋ねない訳には行かないです。比羅夫貝の間に宝珠の様に置かれた頭蓋骨は何に見立てられているのでしょうか?普通に置いたら、眼や鼻や口の穴とか歯とか、見える筈じゃないですか?でも現実にはわざわざ置き換えるか何かして、頭頂部分の球状が見えているでしょ?顎をシャクって首を曲げたポーズだったのか知れませんが。生きた人なら、長時間は一寸勘弁して!なポーズです。現代の比羅夫貝はどんな?古代の比羅夫貝は何のメッセージでしょう?(中東はまだまだ大変そうです...。)  

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月28日(水)18時39分12秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   田仁さん、ウロ覚えも悪くないと思いますよ。
 そんなこんなで、何かに引っかかったりしてハッとする事もありますよね。

 「加賀のクケ戸」での "案内役" は、夏至の朝日が2つの戸を貫く瞬間って感じがしますがどうでしょうか?「スクナヒコナ」も「カガミ」でやって来るわけですしね。
 その「クケ戸」は、幼くして亡くなった子供の再生を願う母親達の祭場でもあるようで、やはり墓ではなく子宮なんでしょう。
 女性、特に母親達にとっては戦争どころじゃないですよね。中東の大乱から女達の「邪馬台国運動」は立ち上がったくるでしょうか?
 

新年快楽!恭喜発財!春節好!

 投稿者:田仁  投稿日:2009年 1月26日(月)22時02分48秒 74.125.74.87
  あけおめ、ことよろ、で御座います。新年早々、御免なさい御免なさい、又しても大雑把なウロ覚えです。勿論、比羅夫貝に決まってます!当然ですよ!佐田岬は色んな場所にあって、佐田/佐多の大神は加賀のクケ戸で生まれ伊勢で亡くなる、海洋民族のトップです。大まかなエピソード記憶はちゃんと保ってますから、何卒ご勘弁を。比羅夫貝に挟まれた姿の埋葬形式は、海洋民族にとても相応しいです。ついでに、兵庫県姫路市でも、もう一枚の写真にある「二つの石」はお馴染みです。何故か、大人の墓に子供の重葬か?とか言われますけど。んで、話は変わりますが、最近も朝日新聞に八重山の海底巨大石造物が出てました。自分のウロ覚えを棚に上げて何ですが、アレはピラミッドやジグラッドやティオティワカンとかの仲間です。お墓じゃありません。クフ王のピラミッドも墓じゃない説が段々有力になってます。  

ヒラブ貝

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月26日(月)16時17分54秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   田中さん、田仁さん、イイ正月デービル(あけましておめでとうございます)。
 今日は旧暦の1月1日、漁業の盛んな糸満などでは盛大に正月を祝ってますよ〜。

 ところで、古事記の「ヒラブ貝」ですけども、サルタヒコはこの貝に手を挟まれて死んでしまう。。。
 「大神」と呼ばれるのは、このサルタヒコとアマテラスだけですから、伊勢の地に左遷?された2神の没落は象徴的ですね。名護説で言えば "邪馬台国の終焉"でしょう。
 邪馬台国の終焉。。。これはようするに、ヤマトと奄美沖縄とが断絶関係となった時代のターニングポイントなんでしょうね。

 では、「ヒラブ貝」がシャコ貝(沖縄名アジケー)だとすると、伊勢志摩と奄美沖縄との関係はどうだったんだとなりますが、これは案外、黒潮で簡単に繋がるかもしれません。
 琉球圏の、「スイジ貝」などを吊るして魔除けとする風習は和歌山や三重〜愛知県あたりにもありますし、しかもアマテラスはこの地を「常世のシキ波寄せる国」と証言しています。

 ただ、これは貝ではなく銅鐸の可能性もあると思います。以前に名護先生が紹介された高知県香美郡香北町の大川上美良布神社の銅鐸なんですが、その名が社名「美良布(ビラフ)」の由来だとすれば、「ヒラブ」の音に近くなるわけです。

 以下、『日本の古代遺跡47/森浩一(保育社)1993 』より「真志喜安座間原第一遺跡」
*** 頭位の方向は31例のうち、27例が東を軸とする南北45度内に入り、ほぼ東方に向けて埋葬していたといえよう。副葬または着装品は、腕輪や耳飾、首飾り品があり、頭蓋骨を包み、保護するかのように左右に大型のヒレジャコとオオシラナミを配したものが人目を引いた。***

画像は、伊勢志摩略図(奄美沖縄との共通地名がズラッと並ぶ)『沖縄の祖神アマミク/外間守善(築地書館)1990 』より
 

真志喜安座間原第一遺跡

 投稿者:田仁  投稿日:2009年 1月25日(日)19時26分42秒 p5190-ipbfp1003kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  貝ですか?貝ですよね?琉球松さん。
白骨の頭骸骨を宝珠のように挟む形で、波状にギザギザになってるのは。
この大型貝、シャコ貝って言うんじゃなかったんでしたっけ?
此れだと、この写真の形での埋葬があるならば、重要な事が示唆されません?
佐多の大神、猿田彦神はシャコ貝に挟まれて亡くなったんでしたが、ソノ伝説を一寸ずらすと「ソノ姿で埋葬された」んであって「死因は別」って穏当で現実的な話に為りませんか?
くどいようですが、三重や紀州の辺りと琉球の古い風俗は明らかに共通性があり、恐らくソレは海人族の民族的共通性です。
猿田彦神が亡くなったのはあの辺りですからねぇ。
琉球松さん、悪いですけどもう少しソノ写真に関して、解説してくださいよう、お願いします。
 

投稿名

 投稿者:田中  投稿日:2009年 1月25日(日)18時21分41秒 softbank221055049197.bbtec.net
  ウチナーさん、やっと人の神経を逆撫でしない名前を付けられましたね。

それにしても「法華経信者」は無いでしょう。創価学会員だったら法華経行者としてほしいところです。こういうところからも、あなたはほんとに創価学会員なの?という疑問もわいてきます。
 

投稿者名について

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月23日(金)12時14分10秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   投稿者名「池田先生の弟子」さんの記事は、削除されました。

 宗派を特定する投稿者名は削除の対象になりますので、再、再、再度の変更をお願いします。
 ご理解いただけないのなら、投稿不可となりますのでご注意下さい。
 

シャコ貝

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月21日(水)11時35分5秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   田仁さんへ

 このへんのところは、名護先生にうかがわないとなんとも言えないんですけどね。忙しそうなので保留ってとこでしょうか。

画像は、『真志喜安座間原第一遺跡/宜野湾市教育委員会 1994 』より
 

琉球松さん、私もごめんなさい。

 投稿者:田仁  投稿日:2009年 1月21日(水)00時11分37秒 ff-in-f68.google.com
  赤貝の殻を粉にしたのが岐佐比売さま。 蛤の汁を絞ったのは蛤貝比売さま。 ごめんなさいよう、いい加減なウロ覚えで。 悪かったですよう。 岐佐は象とも書き、出雲には岐佐比売さまと蛤貝比売さまが二柱で伊能知比売命社にお祀りされてます。 で!ココが凄いんですが、岐佐比売さまは佐田大神=猿田彦さまの母神です。 沖縄の超大型の二枚貝って、シャコ貝でしたっけ?  

投稿名について

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月19日(月)18時36分30秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   投稿名「法華経」など、宗派を特定する名称も削除の対象となります。

 今一度、変更をお願いします。
 

キサ

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月19日(月)00時12分52秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   「カサガイ」から乳汁が出るのかはよくわかりませんが、「キサガイ」と響きがよく似ていますね。。。まあ、思いつきでした。

 しかし「キサ」は、琉球古語では「昔・大昔」の意味もありますから「ゴホウラ貝」と解釈することも可能かもしれません。
 また "乳汁" は、銅製品の加工に必要な成分とも考えられるでしょうし、「イモガイ」から抽出される「コノトキシン」とか言う薬品?も気になりますね。

写真は、東村の「ゴホウラ」
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月18日(日)23時57分26秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   「法華経信者」の投稿名も認められません。再度、変更をお願いします。  

京都府木津川市馬場南遺跡。

 投稿者:田仁  投稿日:2009年 1月14日(水)22時11分59秒 pr-out-f136.google.com
  ご覧になりました?京都府木津川市馬場南遺跡のニュース。 何か、又しても訳判んない事を言っちゃってて。 四神の玄武に中国をスルーして「印度には無いのに変だなあ?」とか呆けた事抜かしてたかと思うと、今度は「変わった寺で道教と混合形式?」だって。 またまた! ワザとやってんですかねえ? 橘諸兄の神雄寺こそ、印度じゃないですか!!! 何となく、故意にハグラカしてる様な、誤魔化される様な不愉快感が...。 岡山の山中にある、それこそ類似の須彌山や、大阪の行基菩薩縁の須彌山(コレは今は図面だけで残ってないんでしたか?)や、結局は中国経由でも三蔵法師だ何だの印度の風。 行基菩薩は大陸の血筋で、情報も早けりゃ、土木技術も流石でした。 神雄寺は特に権力者の建立だから、ゴージャスです。 何で一々、「学会」てばスカした事ばかり言うんでしょう?  

投稿名について

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月12日(月)09時05分44秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   投稿者「創価学会員」は削除されました。投稿希望の場合は名称の変更をお願いします。  

貝珠の穴開けは高度の技術

 投稿者:田仁  投稿日:2009年 1月11日(日)17時32分49秒 p5190-ipbfp1003kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  遅ればせながら、開けましておめでとう御座います。
本年も宜しくお願いいたします。
個人的には、貝珠とかスイジガイとか色々な沖縄の当時の産物が、中国大陸や朝鮮半島では発見されていないのかどうか?につきまして大変興味があります。
仰る「カサガイ」は、薬っぽい白い液とか、出たりするモノなんでしょうね?
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月 8日(木)21時10分37秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   企業、政党、宗教団体など、法人を特定する投稿者名は、削除の対象としたほうがいいんでしょうね。
 基本的には個人の意見の場ですし、名護先生の努力を無にするわけにはいきません。

 創価学会員さんの投稿も、その対象になりますのでご注意下さい。

写真は、古宇利島のサバニ
 

玉城のブレスレット

 投稿者:琉球松  投稿日:2009年 1月 7日(水)18時03分30秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   沖縄島南部の遺跡で新確認があったようです。

 出土の貝の一つ「カサガイ」は、大国主命を再生した「キサガイ」を連想しますがどうでしょうか(ウムガイはイモガイか)?

『沖縄タイムス』1/7日刊より
*** 南城市玉城の洞穴「武芸洞」から出土した縄文時代晩期(約3000年前)の箱式石棺墓内の埋蔵人骨に、貝の装飾品が腕輪としてつけられていたことが、県立博物館・美術館の調査で分った。(略)
 見つかったのは「貝珠(カイジュ)」と呼ばれるビーズ状の貝の装飾品。直径4ミリで丸く精巧に細工された12点が、成人男性らしき人骨の左前腕周辺に配置されていた。ひもを通して腕輪にしていたとみられる。貝の種類は分析中だが巻き貝との見方が強い。
 人骨にはほかにも、首下と左脚部にカサガイ、腰上にシャコガイがついていた。首下のカサガイは直径3センチで人工的な穴があり、首飾りの可能性があるという。***

画像は同紙1面より
 

(57)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2009年 1月 4日(日)23時46分54秒 EAOcf-136p23.ppp15.odn.ne.jp
   みなさま、明けましておめでとうございます。

 結局「有るとか無い」の認識では、物質や自分を確定できない。現在の学問はそう
ですし、仏法でも存在の形態を空仮中の三諦としてとらえる。
ですから、新たな枠組みでこの我々の住む世界を捉えるべきだと思う。
ウチナーンチュはニライカナイを求めるべきとは、それの羅針盤に相当すると思う
のです。
私個人がニライカナイを求める方法は創価学会以外の方法は多分存在しないでしょ
う。なぜなら無意識が創価学会なのですから。
キリスト教徒はキリスト教がそうだと思います。その他の宗教も同じでしょう。
しかし、本来教団とは、釈迦やキリストやマホメットの心を体得又は一部体得する
ためのモノであったはずでは?
ですので、私は創価学会、あなたはキリスト教や回教でいい。
ウチナーンチュの社会でニライカナイを求めるとは釈迦やキリストやマホメットの
心を求める事だと思う。
沖縄の憲法を創ろうとは、宗教的な律法や戒律も意味するが、本来は仏や神の心を
知る又はウチナーンチュとして定める事と思います。
沖縄は日本教?ではあったが日本教団には属していなかった。
これは、沖縄語が日本語と別れたのが千数百年前との説からもほぼ成立すると思う。
だから天皇制の良いところも学ばなければならないのでは?
これらは、沖縄の各宗教団体の代表者(ユタや土着の霊能者も含む)と文化の継承者
で沖縄のニライカナイを創ってもらいたい。
 

與湾 健様

 投稿者:玉城レイ子  投稿日:2009年 1月 3日(土)17時58分27秒 p4229-ipbfp303yosemiya.okinawa.ocn.ne.jp
  與湾 健さま あけましておめでとうございます。昨年の11月まで、那覇出版社で、門中事典を企画編集していました。半分くらい出来上がったのですが、会社の都合にて没になりました。そのなかで、良豊氏の情報が、たくさんありました。薩摩侵略は他にも深い意味がありそうです。いつかご挨拶にお伺いしてお話でもいたしたいと思います。
この場をおかりして、よろしくお願いいたします。
 

薩摩侵攻400年ですね。

 投稿者:與湾 健  投稿日:2009年 1月 3日(土)10時11分23秒 p2119-ipbfp202yosemiya.okinawa.ocn.ne.jp
   名護先生,あけましておめでとうございます。今は高知でしょうか、沖縄でしょうか。
ところで『薩摩侵攻400年』ですね。新報でも高良、原口さんらのコメントがありましたが、興味深く読みました。実は我が祖「良豊」その時の三司官の一人で、尚寧の冊封のお礼に中国入りしたり、薩摩侵攻の時は首里円覚寺の僧菊隠とともに今帰仁へ薩摩軍を訪ね、和平交渉などに当りますが、良豊は捕らえれれ那覇港へ回航しています。後に尚寧とともに薩摩へ捕虜として連行されています。
 侵攻の意味については、鹿児島、奄美、沖縄でそれぞれ意見があるようですが、名護先生のご意見は如何でしょうか。ご教示下さい。
 

(56)集団自決 強制したモノ 続き

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年12月28日(日)21時49分8秒 EAOcf-136p23.ppp15.odn.ne.jp
   失礼しましたミスって投稿ボタンを押してしまいました。続きです
沖縄の集団自決の場合、地域共同体(血縁や歴史や文化)の心が自らを殺したとの
事ですが、先ず現代の世界観では個人しか実体として認めていない。
法律上は他に法人として会社等を意志を持った主体としているが、その法人の犯し
た罪は代表者の罪となる。
いずれにしろ、現代人の世界観では集団自決と言う現象その物さえ理解できないの
ではないかと思う。
だから、ウチナーンチュが騒ぐのはそれが何であったのか心で納得できる解答が未
だ得られていない所為ではないのか?
そして強制したモノであるが、多分地域共同体の文化(心)を解剖しないと得られ
ないのではと思う。
「沖縄で憲法を創る」は沖縄の世界観を明かにしようではないかとの意味です。
 

(56)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年12月28日(日)21時24分16秒 EAOcf-136p23.ppp15.odn.ne.jp
   集団自決の心の層を確認したい。これは集団(地域共同体)が自殺するという
奇妙な現象であるが現代人の世界観でまとめてみたい。
先ず言葉がある、個人・家族・一族(門中)・地域共同体(血縁や歴史)・沖縄
・日本・世界・人類・自然。
そして、それぞれがDNAや地図上の境界等により物として存在する。
そして、それぞれの物に対してモノとしての心がある。
そしてそれぞれが体と心をもち生命として因果律に従い、他の生命と融合してい
る。
これらは、因果異時の万法である。
沖縄の集団自決の場合、
 

(55)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年12月21日(日)22時22分2秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
   天照大神と八幡大神で沖縄と本土の心像を前回説明した、歴史ではない。
本土の沖縄差別があるが、本土側だけなのか?沖縄側にもそれの原因はあるのでは?
因果具時の一法(ニライカナイ・神・仏)を沖縄(天照系)は心で捉えようとした、
しかし凡夫が神や仏の心を解るわけが無い、本土(八幡系)は因果異時の万法(意識
・法律・一部霊的世界・軍事)で現世を束ねようとした。
私にはその様に感じるのである。
だから沖縄は近代的な文化に完全にはなじめない。
沖縄の文化は前近代か?私はそうは思わない、現代から未来の文化にはニライカナイ
を中心に据えれば成立すると思う。
どうしてニライカナイを中心に据えなければならないか?何故なら沖縄はそうゆう
生まれだから仕方がないとしか言えないし、それしかないような気がする。

 ユタとかの霊能者が沖縄には比較的多い気がする。沖縄の憲法を創る場合その様
な人の代表も入れるべきだと思う。
しかし問題はこれまで述べたように、その創るメンバーが現実認識を心理学で、そ
して空の思想を規範として集う事だと思います。
例えば、ある人が殺人を犯す。裁判では両親の虐待があり不幸な生い立ちが明らか
になる、だからといって両親に刑の何割かを課すとはならない、虐待されて殺人へ
向かう確率(因果律)はそれほど高くない。
そして両親とは個性を持った個人であり殺人者の無意識の存在でもある。
ユタの覚知する世界も我々ウチナーンチュの無意識の存在ではあるが、明らかに
意識レベルの存在とは層が違うし、日常に存在する確率も物質に比べれば格段に
落ちる、しかし人間はこの世と同時にあの世でも生きていると思う、だからユタ
とか霊とかが時々日常にでて来るのであろう。
問題はノロは普通の人が修行してニライカナイを求めたとのこと、あくまで普通
の人や日常が中心でありユタや無意識はその普通の人々がニライカナイを求める
手助けをするべきであり、また生命の襖低から何者かが沸き上がり情熱や感情を
伴い言葉となり意識に上がるが、ユタの覚知するのはその言葉になる手前のモノ
で日常になる可能性の一つだと思うので、一般社会の存在以上だと勘違いしては
ならない。あくまで存在の可能性の一つであり、神のため又は社会や庶民の為の
修行や霊的覚知であるとの自覚つまりニライカナイを求める為、世のため人のた
めとの社会の合意があれば良いのではと思う。
 

(54)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年12月14日(日)23時56分32秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
   ユタが一族の霊と交信する、これは個の集まりでは無く連帯した生命が一つの
生命として存在していると捉えている。
以前アメリカで母子心中を図って母親のみ生き残り殺人罪で起訴された事件があ
った。
母親は母と子の二つの生命観と言うより、母と子と分別する意識の下方にある母
と子が一体となった生命に支配されていたのだろう。だからこれは殺人罪では無
くむしろ半分自殺罪だと思う。
沖縄の集団自決もそうであろう、ユタの交信する一族一体の霊(生命)が自殺し
たのだと思う。
ただ自殺の理由を米軍に囲まれて地獄の状態だからとか、日本軍の命令だとかで
は納得できないのです。
一族一体の霊(生命)の霊を動かすことのできるのは神の説得では?と感じてい
るのですが私には良く分かりません。

ノロと天皇の関係で沖縄と大和の関係を述べたい(私論ですので聞き流してくだ
さい)。
天皇家は応神天皇を宇佐神宮に祭り尊崇している。そして武士は北面の武士と言
う、それは別の方面を向いた武士の存在を暗示している。
天照大神は皇祖神でありかつ国生み神であるのにどうして八幡神(応神天皇)が
必要なのか?
それは、天照系と違う方法でこの国を治めるとの事である。
「赤椀の世直し」にあるように天照系が倭国大乱のなか国を創った、しかし八幡
神はその天照系の不完全さを補うとの形で出現したと推測しています。
何故なら、北面の武士の理念の高さ、八幡神の別名八幡大菩薩は全ての菩薩の中
のリーダーとの意味からそう推測しているのです。
ですので日本国は半分は教団なのです。キリストがキリスト教団を生みだし釈迦
が仏教教団を生み出したように、天照大神は日本教団(日本国)を生み出した。

ユタとゾンディ心理学は因果異時であるが、天照大神と八幡神は因果具時を希求
する神である。
さらにユタが直接霊に接触しようと試みるのと対応して、ノロや天照系は直接因
果具時の一法に接触しようと試みる、対して八幡系は因果異時の万法を束ねよう
とする。
詰まり八百万の神を束ねるのである、本土の現世的な争いや氏神等の霊的争いも
天皇家は束ねてきたと思う。
 

残念ですが、彼に理屈は通じないと思います。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年12月 8日(月)17時45分39秒 p5099-ipbfp705kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  正直に言うと、奄美大島で殺人事件があった時に一瞬何となく「誰が?!」と頭をよぎってしまいましたけど。
ソレはさて置き、沖縄密約に関するシンポジウムが盛会の内に終わり、大変に収穫も多かったそうで、おめでとう御座います。
やっぱ、提訴ですね!!!(どんなカルトが何を言おうと。)
イラクの今とか見ていると、戦後の日本がコマ落しのように早く進んでて、胸が痛いです。
 

(53)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年12月 7日(日)22時37分23秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
   沖縄が集団自決問題で騒ぐのはどうしてか?前回述べたユタとノロの沖縄文化
で解くと、ユタが無意識の一族に接触してそれを意識に昇らせるように、無意識
の部分それも個人ではなく家族や沖縄民族の集合的無意識が騒いでいるとなる。
ウチナーンチュは沖縄戦を考え出すと苦しみや怒りや悲しみの複雑な心境になる
のである。それが抗議運動にも表れる。
個人と集団の心が繋がっている、これは唯物思想とは相容れない現象です。だか
らこれらの問題を議論するときは唯物思想を持っている人々は排除すべきである。
何故なら唯物思想では絶対に解決できないし、それで解決しようとすると、沖縄
の文化や精神や神が破壊される。
唯物思想が許容されるのは、前回述べたユタ探求する一族の現象面を研究してい
ゾンディ心理学の位置にある物のみである。
学問的に淡々と沖縄戦の資料や証言から沖縄戦を明かにする事のみである。
沖縄戦に対する県民のわだかまりは、霊的・精神的・宗教的な問題だと思う。
沖縄戦問題で真に対峙すべき物とモノはなにか?それを沖縄側は明かにしなけれ
ば真の安息と死者の慰霊は成就しないと思われる。
それは県民全体で考えていくべき問題ですが、私個人の切り口を示したい。

沖縄戦末期に大田少将(死後中将)は海軍次官宛に有名な次ぎの電報を打つ。
「…………‥‥‥沖縄県民斯ク戦ヘリ県民ニ対シ後世特別ノ御高配ヲ賜ラン
 コトヲ」
大田中将の人柄が偲ばれる温情ある言葉である、……の部分には県民が献身
的に国に尽くしている様子が書かれている、私は日本軍の命で行動したとは
思わない、沖縄の神の命だと思う、当時沖縄の神は大和の神に融合しつつあ
ったのだろう。
上の電報は沖縄民衆に同情ししつ描写しているが、当時日本軍を神軍とした
ことを含まなければ現実にならないと思う。
当時軍は民衆より上なのである、防空壕や食料は当然軍が優先、行き場のな
い老人婦女子が砲弾の中を逃げまどう。
ウチナーンチュはそれでも、それなりにがんばったのだ。
軍は本土に置いても民衆を犠牲にしたと私は思う、何故なら神軍なので民衆
の命を奪う権利を神は持っているので。
しかし、ウチナーンチュは本土に裏切られたのでは?との疑念が戦後芽生え
ている。だが今その事については議論するつもりはない。
問題は神が民衆の命を奪う事である、それは「善か悪か?」。沖縄の集団自
決も神の為した業だと思う。
沖縄の文化もウチナーンチュの人間性も全て神によって創られた。
大田中将は人間的にもできた人でその人柄を伝え聞くと全くウチナーンチュ
が好きそうな人柄である。
その人の最後の句を下記する。
辞世の句
大君の御はたのもとにししてこそ 人と生まれし甲斐でありけり

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%94%B0%E5%AE%9F

 

タイトルについて

 投稿者:摩訶不思議  投稿日:2008年12月 7日(日)20時15分55秒 p4229-ipbfp303yosemiya.okinawa.ocn.ne.jp
  投稿者創価学会さんのタイトルで、
集団自決 強制したもの
で いろいろの書き込みがありますが、ユタとノロの違いについての論文に対して、『集団自決 強制したもの』は、どのように関係ありますか。
 

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年12月 2日(火)10時56分30秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   「満つ足る」が樽。。。これは面白いですね。

 「邪馬台国」の「台」も「タリ」とも言えるし、名護先生は「足り=十全=全て」とされてます。

 また、奄美大島南部出身の知り合いは「容器はすべてトウリだった」と言ってましたね。

写真は、西銘ノロの祭具(久米島自然文化センター所蔵)
 

(52)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年11月30日(日)21時25分25秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
  琉球松 様
 創価学会には公明党を応援する自由は無いのでしょうか?

 ノロとユタの違いは宗教それ自体の分類になると思います。
創価学会で宗教を学んできたのですが、世界の宗教は根底で繋がっている部分とそ
うでない部分があると思うのです。
法華経に因果異時と因果具時と言う言葉があります。
因果異時とは因果律の成立する世界です。例えば学問の世界は因果(理屈や原因結
果)により成立しています。仏教の輪廻転生思想も業を引き継いでいくので因果異
時です。量子力学では結果が先にきて原因が後と言うことも成立するらしい、多分
これらも因果異時だと思う。
さてユタですが、石原氏がユタの世界がヨーロッパのゾンディ心理学(血族・家族
心理学)にそっくりだとのこと。ユタは無意識で一族全体の心に接触する、そして
その心を感じる。ゾンディ心理学は一族の心の因果律を明かにしようと意識化する。
物質世界や精神世界(個人・血族・共同体・国家・人類の心)の因果律に意識的に
又はユタのように無意識に直接接触するのは因果異時と思う。

因果具時とは因果律が同時に成立することで因果律の外と内に存在する。
因果具時についてはあやふやである、ただキリスト教のゴッドやユング心理学のシ
ンクロニティやインド哲学等もこの事を言っているとの感じがする。
因果具時は一法ではあるが、因果異時の無数の法を生み出す当体らしい。
キリスト教で奇跡というのは、この因果具時の法が明らかになったときではないだ
ろうか?奇跡と言う大げさな物ではなくともそれはあると思う。
例えばシンクロニティで、有るキリスト教徒の青年が長年まじめに信仰してきた、
そして何のしるしも無いのでそろそろ限界に達しつつあった、そしてついに青年は
決意した、「今日中に何のしるしも無ければ信仰を捨てる」と、公園のベンチでそ
の決意を固めている最中に、遊んでいた少女が近づいて来て「ねえ、これ見て」と
差し出した手をひらいた、そこにはおもちゃのクロスがあった。
それを見た青年は息をのみ、次の刹那に大笑いをしその後信仰に戻った。
 これを単なる偶然とみる人もいるだろう、しかしその青年にとっては奇跡であり
神の存在の確信であったろう。
それの起こる確立は非常に低いはずである、しかし奇妙な意味のある一致が起こっ
た。この様なことは信仰している人はほぼ全員経験している(私を含めて周りの人
々が)。
ニライカナイとは因果具時の世界であろうと思う。
 

イザイホーは’70年代以来、まだ無いんですって?

 投稿者:田仁  投稿日:2008年11月30日(日)18時08分55秒 p5025-ipbfp604kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  ショックな事を聞きました。
30年…、伝統が伝わるか否かの、結構境目じゃないです?

ソレはさて置き、タリは足と聞きましたが?
足りるのタリと。
「満つ足る」が樽に変じるんでしょうが。
 

屋比久の勾玉

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年11月28日(金)22時54分37秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   屋比久ノロの丁字頭勾玉が、南城市に寄託されたとの記事がありました。

 『沖縄タイムス』11/28朝刊より
*** カマさんは12歳から92歳まで80年間、屋比久ノロをつとめ、綱引きなどの集落の行事前には区内の拝所で、祭の無事などを願い、祈りをささげる役割を果たしたという。
 丁字頭で深緑色をした6センチの勾玉を中心に、約1センチの玉89個が連なっており、勾玉はメノウ、玉は水晶製と見られる。製造年代は不明。勾玉を収めた竹筒もあわせて寄託された。***

画像は同紙より
 

八重山の「フダリ」

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年11月24日(月)14時39分30秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   「創価」と出るだけで、それはもうイコール公明党、あるいはその逆もありですね。
 創価学会の方針以外の投票行動をとる学会員に出会ったこともありません。

 ところで、以前から気になっている「トーリ」なんですが。。。
 これは「徳利(トックリ)」の転訛かとも考えましたが、「樽(タル)」の可能性もあります。
 聖水や酒を酌む八重山の「フダリ」は、「フダーリ・ホターリ」などとに転訛し、さらに宮古の「オトーリ」、沖縄島首里城内の「オートーリ」になったのかもしれませんし、「フ or ホ or ヲ」が脱落して奄美大島の神歌の「トーリ」として生きているのかも?
 宮古多良間島の神歌にも「ユノーリ(ユノーシ)」の対語として「ユイ(結?)トーリ」が見えますね。

『甦る海上の道・日本と琉球/谷川健一(文藝春秋)2007』より
*** このフダリという語は、『古事記』の雄略天皇の条に、饗宴に用いられる酒器を「秀罇(ホタリ)」と呼んでいることを思い出させる。
 『古事記伝』によると、古代にタリというのは、酒を注ぐ器であって、後世のタルのように、酒を入れて置く器ではなかったという。したがって、『古事記』の原文の「本陀理(ホダリ)」に秀罇の文字を宛てたのは、誤解を招くことになりかねない。むしろそれは八重山のように、木製の柄杓であっても一向に差し支えない。それにしても、古代宮廷で用いられたのと同じ語が、八重山に現存するという事実をどう考えたらよいか。***
 

(51)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年11月23日(日)11時00分58秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
  琉球松 様
 私はこれまであなた方グループや喜納民主党沖縄支部長の発言に反論したことは
あっても、自ら公明党の宣伝をしたことはありません。

宗教性について話す前に「社会常識」の確認をしたい、我々が現実だと思いこんで
いた物が専門家の間では間違いとなっているのが多々あった。
私がこれまで述べた事柄は私の意見ではなく、専門家の常識を述べたに過ぎない。
例えば、一般人向けの相対論や量子力学の本は日常生活とかけ離れた時間・空間・
物質について解説している。普通は科学者の説くミクロの世界の時間・空間・物質
を(奇妙な存在ではあるが)信じると思う。
そしてユング心理学、やはり学問として確立しているのでそれを信じることは間違
いとは言えない。
しかし、沖縄の一部の平和運動家はそれらを考慮した対話が成立しない。
五感による外部認識を疑おうとしない、現在の物理学では物質の存在がミクロのレ
ベルではあやふやで五感による存在認識と全く違うと主張されていても無視するの
である、そのくせ自分らは科学的客観的と思っている。
彼らこそ、一種のカルトである。従来の因果律や排中律はミクロの世界では成立し
ないそうである。
重ねて言う、これらは私が言っているのではない、物理学者が現代物理学の常識を
述べているらしい。
心理学者が自らの学派の学説を我々一般人に述べているらしい。
私は沖縄の一部平和運動家の現実認識より、最近の学問・科学を取り入れた常識を
を信じる。そしてそれが自然だと思う。
その様な常識が必ずしも究極真実ではないが、少なくとも誤りは誤りと明確に明ら
かになる、沖縄の一部平和運動家はその誤りを真実としていて、誤りに気づいてな
いと思う。

これらの常識でノロとユタの違いをウチナーンチュは説明できるのだろうか?
 

スクナヒコ

 投稿者:田仁  投稿日:2008年11月20日(木)17時29分35秒 p5025-ipbfp604kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  沖縄との関係性が深いとされる紀伊半島の付け根辺りにスクナヒコの伝承とかあって、両面スクナともされる事から、腕が四本あるとか六本あるとかが超常性(ドッチかって言うと超働き者の表現か?)を示す、インドの神様の系統なんではないかとか言われてますが。
蛇は色々と異称がありますが、インドのナーガから直接来た肥「長」ヒメとか出雲辺り、割と本土では多い様です。
でも、クガは有りです。
 

クバ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年11月18日(火)14時51分10秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   琉球圏の神の依り代「クバ」は蛇信仰との関わりがありそうです。

写真は、うるま市石川(沖縄島中部)の「クバ」の木
 

スクナ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年11月13日(木)10時12分32秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   琉球圏には「スクナ・ソコナ」など、気になる地名がいっぱいあります。

写真は、海野部落から見上げる聖地「スクナ森(沖縄島南部)」
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年11月11日(火)12時54分42秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   「創価学会」を名乗る方の投稿は、公明党に関わるものと判断します。
 アンチ創価か否かは、ここではどちらでもかまいません。(だいたい内容でわかりますが。。。)

 ただ、多くの管理人さん達が苦慮されているように、こちらでも「新興宗教の宣伝、批判は避けて下さい」にしたほうがいいかもしれません。

写真は、糸数グスク城壁(沖縄島南部)
 

アンチ創価か?

 投稿者:田中  投稿日:2008年11月11日(火)10時13分7秒 pl411.nas923.p-kyoto.nttpc.ne.jp
  創価学会員さんの投稿は選挙運動じゃないでしょ?

反創価の方が、学会員を装って、逆効果の宣伝をして学会を陥れる目的の投稿をしているにちがいない。
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年11月11日(火)00時30分2秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   もう、創価学会の選挙運動はやめてもらえないでしょうか!?

 それよりも、たまには聖地散策なんてどうでしょう。黄ばんで疲れ果てた太陽を再生しているのは誰なんでしょうか?。。。とかね。。。

写真は、安座間サンサンビーチ(沖縄島南部)から見上げる「セーファー御嶽」
 

(50)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年11月 9日(日)22時40分2秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
   前回の沖縄県知事選に絡み、公明党の支持者の不正な住民票移動が5万票ありそれで
糸数候補が負けたとの誹謗中傷をした人がいた。
それに怒り私はこの板に反論を書き込みました。それは沖縄県の全有権者数の推移を元
にしての反論でした。沖縄県の有権者数は毎年増加してしている、しかし県知事選の増
加はそれほど大きくなく1万人程度で、最も多く増加した選挙は参院選でその時は奇し
くも糸数候補が当選した選挙でした、自爆とはこの事でしょう。
 その自らの嘘が明らかになった人はその事に対して、一言の釈明も謝りもない、人間
としてのルールを守る気持ちは更々ないようである。
そして現在も相変わらず偉そうに誹謗中傷を繰り返している。

 今回の那覇市長選ですが、これまでの沖縄の選挙と違うと感じている。それはデマと
誹謗中傷が凄まじい感じがするのです。
新都心市役所建設予定地の売却金額が近隣の日銀支店敷地の売却金額に比べて著しく低
い、翁長那覇市長が私服を肥やしたのではないかとのビラが1年程前から新都心で配ら
れていた。私もそれをもらったことがあり、それを信じていた。
自民党支持者から説明を受けた。日銀支店用地は政府の土地公社から日銀への随意契約
つまり国の機関どうしの契約。
市役所は民間へ入札による売却、だから比べるのは民間で売買されている近隣の大型の
土地だとのこと。その近隣の大型土地は坪130万円以上の売買歴は無く、市の売買金
額は妥当とのこと。
「いやしかし、テレビや新聞であれほど報道されているではないか?」と私が質問する
と、いやあれはその用地に建設される高層建築の問題とのこと。
どちらを信じるべきか?鈍感な私は暫く時間が掛かったが理解した。
土地売買(翁長市長の不正)と高層建築問題をビラによって我々は刷り込まれる。
民間団体なのできわどいことが言える。そして高層建築問題と日銀土地価格について訴
訟をする。マスコミはそれを取り上げる。我々一般人は土地売買(翁長市長の不正)の
問題もマスコミで報道されていると錯覚する。そしてそれを真実と錯覚する。
土地売買(翁長市長の不正)の直接の訴訟は無い。
デマはこれまでもあったがマスコミに騙されたと感じたのは今回が最初である。

以前に、左翼は理論的で頭良さそうなイメージがあったのだが、もうその左翼思想を語
る人がいないのか、それとも左翼思想自体がもう死んだのか?
 

ウマンチュ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年11月 8日(土)23時47分6秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   現在、沖縄諸島でいう「ウマンチュ」は、万人との意に抽象化してますけどね。
 たぶん原意は、名護先生も田仁さんも推測?されているように「アマミキヨ・アマミク・アマミコ・アマンチュ」でしょうね。

写真は、太陽を受け入れる伊江島・お天道様おつかれさま。。。
 

一斉に学会員が有給休暇、総選挙近し!だそうで。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年11月 8日(土)19時16分54秒 p5025-ipbfp604kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  真剣に創価学会員が有給休暇らしいですよ?で、イヨイヨと囁かれてるって。
まあ、逆効果な選挙前運動を続けてるのが、ここにも一人いてブロク主の名護先生にご迷惑な事です。
政府に失業率について物申す事はしないがしかし暴れる若者には居丈高になれ、また同時に沖縄に目上からモノが言えると勘違いしてる、長いものには巻かれろどころか長いものに巻きつきに行く、結局は権力のワンちゃんなんですよね。
全く、心の底から、公明党には絶対に入れないぞ!的な気持ちが湧き上がってくるコメントと感じました。

ソレはさて置き、「真人」思想〜本当の人間は老化せず死なないと迄も、神仙思想寄りの〜は中国に起源があって半島も島国も極東中に波及した、とご存知で?昔はもっと、国境はいい加減なものだったんですよ?確か道教だったと思いましたが、一斉に流行った時があったんです。
ソレも、日本で言えば比較的新しい平安辺りじゃなかったかな?海の辻中である沖縄が、ソレを経験してらっしゃらない筈は当然にして無いです。
しかし、今現在のウマンチュがどういう想定のものなのか、寡聞にして知りませず、出来れば詳しくご説明いただきたいです。
 

(49)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年11月 2日(日)21時46分48秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
   何故、沖縄の憲法を宗教性を持った人々で創らなければならないのか?、人間社会
を我々は創っていかなければならないからです。
何故、沖縄の平和運動家と称する一部グループはその憲法創作に入れてはいけないの
か?それは彼らが良き人間の振りをしているが実体は獣に近い人間であるからです。
人間が人間であり、獣と別れた根拠がありそれを宗教性と定義する。
ウチナーンチュがウチナーチュである根拠は、古代のニライカナイ信仰に根拠を求め
るべきです。
沖縄の文化とくに村落共同体(集団の無意識)を創ってきたのは、そのニライカナイ
の神です。
意識が主観ならニライカナイの神は集合的無意識でより客観となる。
村落共同体が正しく神を信じていれば、以前に話をした八重山の小島の話となる。
復帰後、島の将来を案じた若者たちが話し合い、神戸牛のようなブランド牛の生産に
的を絞り、各々が牛の飼い方・飼料の生産の仕方・重機の運転等の目標を定めて本土
へ仕事に行き帰島しその産業を興し、本島より高い収入を上げている。
自らの運命を自らで切り開くこれが本来の沖縄の心です。
隣の台湾の神様はどうか?やはりIT産業に的を絞り、何十年も前からアメリカへ若
い技術者を送りそして学び、現在はコンピューター関連で確たる位置を築いている。
確かマザーボードの生産では世界1だと記憶している(台湾は凄い)。
 沖縄の自称平和運動家はどうか、村落共同体(沖縄の無意識)に沖縄の痛みの共有
を通して一体化を図る(それは構わない、私も沖縄に米軍基地がある、それだけで心
の平和が乱される)、しかしニライカナイの神(宗教性)を否定し憎しみと怒りの共
同体のみに替えようとする、このニライカナイの神を否定するのが獣である証です。
仮に共同体が怒りと憎しみに替わるがニライカナイの神は健在だとしよう、極端な話
例えば沖縄は核兵器や生物兵器の技術を密かに求めたかもしれない、とにかく何ら
かの神(より客観性)に基づく行動があったと思う(それは未だ人間です)。
 しかし、復帰前から現在まで革新側の行動は喚くだけで何ら生産的なことはなかっ
た。当然である何千年と沖縄を育んできた、ニライ神を否定する事は、沖縄が運命を
自ら切り開いていく精神を破壊し、自己の境遇を他者の責任としてただ喚くだけの情
けない沖縄を創ってきた。
そしてその様に子供達を教育してきた、その顕著な例が成人式に荒れる子供達である。
かれらは普通の悪ではない、人外の悪である、人間の尊厳を破壊する極悪です。
その様な極悪が表面では平和を叫び、裏では北朝鮮の民衆を弾圧する金王朝を支持し
ている。
沖縄憲法を創る前にこの極悪を排除しなければ沖縄の未来は暗い。
 

鹿児島神宮縁起では…。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年11月 2日(日)17時32分30秒 p5025-ipbfp604kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  「>大比留女の父」は陳大王になっています。
特に言及はありませんが、恐らく母も中国人で、て事は、鹿児島神宮縁起では大比留女は血統的に100%中国人になり、ドチラかというと宮城谷昌光さんが最近書かれた中国の「斉」国の王統と紀元前200年頃に滅んだカノ有名な「秦」国の王統を引く、ウツボ船というか(夫君を喪った)葬送の船の「神功皇后」説に近しいのではないかと存じますが。
まあ、ミレニアムな「源氏物語」の「明石の入道」とか住吉大神とか、須磨の条をご覧になるとあの辺りが非常に「中国貿易と直結した特別な所」という描写がありまして、ご承知のように神功皇后も明石に因縁があります。
くどいようですが平安時代迄は上代古代の記憶がギリギリ残っていた痕跡が色々と見られまして興味深いです。

それにしましても名護先生!京大の大学院で!凄いですねぇ!良いなあ!是非一寸だけでもどんな感じだったか、教えて貰えませんか?是非是非!!!
 

京都大学で

 投稿者:名護  投稿日:2008年11月 1日(土)09時41分28秒 ml7ky001v13c.pcsitebrowser.ne.jp
  今日は京大大学院で赤椀の話をすることになりました。心理学の皆藤先生の講義の枠内で午後1時から5時まで。沖縄の原始宗教における「死と再生」、イニシエーションというテーマ。院生の皆さんの関心とどういう接点で論議が出来るか、楽しみと若干の不安。隠された歴史が日本列島の人々の心にどういう影響を与えてきたか、その忘れ去られた歴史を表に出す意義、そのあたりがこれからの論点でしょうか。若い方達の論究に期待しています。  

大比留女

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月29日(水)11時39分14秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
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   田仁さんへ

 "大比留女のお父さん"って、だいたいどんな感じなんでしょうかね?
 ウツボ船が関わるとすれば、意外と「孝霊 or 孝元」かもしれませんよ〜。

写真は、弥生遺跡発見が期待される「大浦湾(沖縄島北部)」・左側は、宮里藍の税金で建った(笑)東村役場。
 

あいさつ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月27日(月)20時18分41秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   左翼思想であろうが、宗教家であろうが、挨拶もない方のいきなりの投稿は混乱するだけです。

 あいさつ。。。宗教以前の、人としての最低限のルールでしょう。

 それと、創価学会員さんもおっしゃるように「宗教性を持った人々とは特定の宗教に属している必要は有りません」から、創価学会員さんも脱会することをお薦めします。

写真は、ヤンバルで出会った「ウマンチュ?TAXI」。
 

(48)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年10月26日(日)19時49分46秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
   月曜日に「市民」さんからの投稿があったが削除されている。
名護先生から削除の権限を付与された琉球松さんが行ったのでは?と推測している。
内容は「カトリックはヒットラー支持であった」との左翼思想を代弁したモノであ
った。
琉球松さんは沖縄の宗教界が団結するのを恐れているのでは?
 しかしそれで、これまで漠然としていたことがはっきりしました。
「沖縄憲法の制定」は有る程度、あの世や天国等を信じている宗教性をもった人々
で創られるべきだと思います。
宗教性を持った人々とは特定の宗教に属している必要は有りません。仏や神やニラ
イカナイを多少信じている、他人や社会の見えない所で不正を行わない等の人々だ
と思います。
何が善で何が悪なのか宗教性を持った人と持ってない人は違うと思いますが、それ
以上に違うモノがあります。
それは、現実認識です。宗教心を持っている人は心を何らかの状態にしようとしま
す例えば信仰心とか良心とか正しい心とかです。しかし現在は物質と精神は分離し
た物との認識が社会に蔓延しています。東洋思想や中世のキリスト教思想には物質
と精神の領域が一つとなった現実が存在するとの概念があります。
精神によって外界も変わりうるとのことだと思います。
沖縄の言葉にミルクユガフ(弥勒世果報)と有りますが、ミルクユ(弥勒世・弥勒
代?)とは「ある精神」が沖縄を覆えば沖縄の運命が変わると言うことです。
この「ある精神」を創り出す憲法を宗教心を持った人々で制定しましょうよと言う
ことです。
 

えぇ〜、映画じゃなくてぇ。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年10月23日(木)16時01分17秒 p4123-ipbfp1601kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  矢っ張りね、映画と小説では情報量が違うんですよぅ!何卒、ご理解ください〜ぃ。
キリストの奥さんだろうがお母さんだろうがマリアだかマリアムで、当時良くあった名前なんでしょう!
序でにドチラもベール被ってて、今の(豚肉を健康の為に食うなと言う暑い地域の)イスラムがそうな様に、たぶん首筋のリンパとか保護した方が健康度アップな気候が地中海周辺にあったんでしょう。
薔薇十字とケルト十字は共に相似形で、平安期の夫通い婚は女系相続の名残で。
「日光感精神話」はぁ、日本にゃウツホ船が絡むのが一つあって、ズバリ応神天皇の話でぇ。
弱冠、齢七歳で幼女妊娠するのが大比留女って神功皇后になってるバリエーションが。
大比留女のお父さんは中国のよく判らない国の怪しげな陳大王。
いや〜、最近のオタク文化の源泉がココに迄も遡るとは、一体誰が想像し得たでしょうか…!
中々空恐ろしいですね?鹿児島神宮縁起って。
 

ダ・ヴィンチ・コード

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月23日(木)09時24分21秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   映画『ダ・ヴィンチ・コード』をあらためて観ました。

 キリストの母はマリヤでしょうけど、映画が語る女性も東アジアでいう「日光感精神話」を連想しますね。
 2000年前頃の人類には、だいたい共通の危機感があったのかもしれません?

 奄美沖縄でも、太陽さえも"ホト"から産まれるって感じですし、キリストもモハメットも母から産まれたわけで、仏僧の一休さんでさえ若い女性の股間に手を合わせていたとの逸話は有名ですね。お釈迦様も所詮はホトから産まれる。

写真は、笠利の「カーサムーチー」・『大琉球写真帖(同刊行委員会)1990』より
 

寧ろ逆選挙運動というか、マイナス効果抜群!と感じますが。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年10月21日(火)16時28分28秒 p4123-ipbfp1601kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  少なくとも、ココへの投稿はそんな風にしか受け止められないです。
ソレはさて置き、女酋長と言えば!シェイクスピアの「タイタス・アンドロニカス」は実在のローマ帝国に対抗したドルイド時代の女酋長をモデルにしてますが、内容としては明白に男系主義社会から見た悪意ある女系相続社会像の典型です。
しかし現実に、ローマ帝国が急膨張を遂げていた当時、極西の島国にも女酋長が(現実には酋長であった夫が亡くなった事に伴う妻の相続で、娘二人にも相続権が有ったが、ローマはソレを認めず衝突した)存在した事実は、ダ・ヴィンチ・コードが示唆する「キリストの娘」的世界観にはとても重要ですね。
「キリストの娘サラ」が逃げ延びたとされるフランス等にも女系相続を旨としつつ、ローマに公然と反逆するのではないがしかし緩やかなレジスタンスに近い感情を共有した地域社会はハッキリと残っていたとすれば、「王家の血」云々なんて後の封建社会の言葉を借りたモノではなく、客人や寄り来る客人神としての受入れや守護者達の存在が合理的に説明がつくと思うので。
で!日本の女酋長ですが、名草戸畔や丹敷戸畔がようやく記紀に残ってますね?紀伊半島と沖縄の繋がりは、ソコに(文献的にハッキリと)見られるのでは?今流行のミレニアム源氏も、あの当時はハ行をパ行に発音して読んでいたとされ、その辺りまでは貴族社会にも明確に古代の記憶が残っていたんじゃないんだろうか?と思うのですが…。
だから、陰陽道の土牛も沖縄のシマントガナシも実は同調してたんじゃないかと感じる訳なんです。
 

天魔

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月21日(火)10時16分10秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   田中さんの言うとおりなんですけどね、創価学会の皆さんは聞く耳を持たないんですよ。
 もう、ギラギラで選挙運動に入っているようです。

 かつては公明党と一緒に自民党と戦っていた野党の皆さんも、ほとんど創価学会を信用していないですね。最近では「仏敵」あつかいですよ。
 まあ、かつては「天魔」とされた自民党の皆さんも警戒したほうがいいんでしょう、人間関係を簡単に切りますしね。
 

諸悪の根元

 投稿者:田中  投稿日:2008年10月21日(火)03時08分8秒 pl646.nas923.p-kyoto.nttpc.ne.jp
  金ころがしと、他国へのいちゃもんで戦争を起こし成り立つ国アメリカ。

その戦争に出かける船に燃料を給油してやることが「平和維持活動」であると、「池田神通力」で無明の学会員を納得させ、公明党を支持させ、自民党に荷担させ、こんどは金ころがしと戦争で私服を肥やしたアメリカの一部の連中を救済するために、日本国民の血税を注ぎ込んでいる。

これのどこが仏教?どこが日蓮仏法なんですか?

ここ数日ガソリンが値下がりしてますが、この差額はいままでその連中のところに行ってたんだと思うと、ぞっとします。
 

信心で選挙運動

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月19日(日)22時59分22秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   創価学会員さんへ

 創価学会には尊敬する方もいますし、勿論ダメな人もいますね。
 犯罪歴もあるがいいところもある。。。

 しかしですね、公明党とリンクした状態では創価学会の未来は暗いと思います。
 信心で選挙運動を展開する宗教団体って×ですよ。

 それと、「創価学科員」さんて、けっこうせっかちのようですね(笑)。
 まあ「Fとり」には十分成功していますから、そろそろ名前変えて下さいな。

画像は、調理中の「サーターアンダギー」・割れ目は「ホト」を表す。
 

(47)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学科員  投稿日:2008年10月19日(日)22時17分51秒 EAOcf-136p249.ppp15.odn.ne.jp
  琉球松 様
 ごまかすのは良くありません、私の主張はあなたとあなたの支持する社大党とその
グループの主体思想関係者の批判であったはずです。
島袋宗康と佐久川政一は主体思想研究会の会員と会長で金正日マンセーの人たちです。
そのグループが沖縄の平和運動の中心的存在であると。
人民を奴隷のごとく扱う金王朝を賛美して、人民の苦しみには知らぬ顔をする人々が
沖縄で平和の使者のごとく振る舞い、またその様に県民に認識されている?。
沖縄県は狂っているとしか思えない。

 県民に琉球松さんと私の書き込みを知って貰いたいとのことですが、もちろん賛成
です。
県民全てに知って貰いたいのなら、本にして出版するのが一番てっとり早いと思いま
す、雑誌のように安い値段で販売すれば多少は売れるかもしれません。
那覇出版社の方、赤字にならなければチャレンジして貰えませんか。
「赤椀の世直し」は学術書のようなので一般人には読みにくいが、掲示板2のように
平易な言葉での議論を中心にすれば、一般人に受け入れられると思うし、沖縄の歴史
を見直す機会になるかもしれない。
 もちろん著作権料金は要りません、琉球松さんも同じだと思います。その他の人は
解りませんが。

 月間誌「潮」の11月号(今月発売中)に「世界が見た真実 池田大作の奇跡(沖
縄と南西諸島)」の記事が掲載されている。
この記事を読めば何故池田先生が女優や幹部にあの様な態度をとったのかが理解でき
るであろう。
池田先生は奄美・宮古・石垣の人々を、裸の人間として会員を全身全霊で激励してき
たのである。
以下キリスト教徒の安斎伸教授の部分を琉球松さんの女優に対抗して記す。
P122: 上智大学教授。宗教社会学者にして、アジアでただ一人のバチカン聖庁信徒
1行目  評議会評議員。カトリック世界を代表する碩学である。
     彼(安斎伸)が終生のテーマとしたのは、南島の宗教調査だった。
P123: (安斎伸)は酒と唄をこよなく愛する。村の集会で、三線に乗って踊り出す。
17行目  型破りの学者だった。後年、語っている。「南島での私の調査は、そのま
     ま池田会長の足跡をたどる旅でした」
P141: 折しも、ある全国紙が、名誉学術称号について犇發杷磴辰伸甕勝垢涼羹を
7行目  コラムに載せた。即座に反論の筆を執った。「邪推としか言いようがなく、
     ご本人のみならず、顕彰を行った各国、各大学に対しても非礼であろう」
     ジャーナリストから「あなたは学会の御用学者か」と尋ねられると、鋭い口
     調で切り返した。「創価学会のためではない。私は世界の為に創価学会を見
     守っている」

 池田先生も安斎教授も裸で民衆の中に飛び込むことのできる人なのでお互い相通じる
モノがあったのでしょう。
 

魅惑的ですー!凄いですー!

 投稿者:田仁  投稿日:2008年10月19日(日)16時58分6秒 p4123-ipbfp1601kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  矢張り、日本列島の南端と北端は、超関係が深いんですね?よく言われてきた事では有りますが、実に興味深いです。
多分、女の下の口が丸呑みとかって、出産においてソコから子供が出て来る事や、恐らく古代エジプトに端を発する「ヒエロ・ガモス(聖婚)」やインドの「シャクティ」のように、性行為の最中に男性が陶然とする感覚に由来するのでしょうねぇ?
また、古代イギリスの女酋長のように、酋長夫人でなく酋長婦人で現されているのも興味深い点です!相続制度における女系時代を思わせます。
で!お伺いしたいのですが、矢張り南北(&新潟辺り)の共通項とも関連しますが、「マユンガナシ」はどのようなものですか?ナマハゲとも比肩されてるようですが?海から来る来訪神ですか?

名護先生、是非!海の道は結構、瀬戸内まで来てますから。
 

アイヌと沖縄

 投稿者:名護  投稿日:2008年10月17日(金)12時51分38秒 ml7ky001v11c.pcsitebrowser.ne.jp
  琉球松さん
アイヌの女の下の口、ほとんど沖縄のそれと同じですね。赤椀黒椀で神行事をすることも共通します。恐らく世界でも沖縄とアイヌだけのものでしょう。驚くべき一致です。

田仁さん、岡山・兵庫県あたりはもっと調べたい地域です。機会をみて出かけたいと思っています。
 

アイヌの「女の下の口」

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月16日(木)15時15分14秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
編集済
   「人食いおばけ」と題したアイヌの説話があるんですが、「針仕事」や「女の下の口」を登場させていて興味深いですよ。
 これは、鬼を女性にすり替えた仏教説話に比べ、あるいは新潟県などの「鬼が笑う」型と比べてもよほど沖縄的で、「鬼餅由来」や「秋利神の鬼(徳之島)」などとも繋がるんじゃないでしょうか?
 また、いきなり現れる「背の低い、色の黒い、みっともない男」が「(山の中の)カワウソの魔」とされているのも、河童や奄美の「ケンムン」、沖縄の「キジムナー」を連想します。

『アイヌ民譚集/知里真志保(岩波文庫)1993』より ・・・・ ※「メノコ」は女の意
*** 私はウラシベツの村に姉さんと二人で暮らしていた。姉さんは神さまのように美しい人だった。そして、自分から言うのもなんだが、私も負けないくらい美人だった。
 ある日、姉さんとふたりで、囲炉裏を中にはさんで針仕事をしながら、四方山囃をしていると、もう日も暮れようとする頃、戸外に人の歩く足音がして、誰か咳ばらいをしながら入って来た。見ると恐ろしく背の低い、色の黒い、みっともない顔の男で、私のうしろを通って横座にどっかりと腰をおろし、そのまま何を言うでもなく、何をするでもなく、私たちの上をじろじろ見ながら大あぐらをかいて坐っているのだった。姉さんも私も知らんふりをしていた。
 やがて日も暮れたので、姉さんが立って夜食のしたくをととのえ、私のお膳を私の前にすえ、自分のは自分の前において、どこから探し出してきたのか、ぶっ欠けお椀の底にちょっぴり食物を入れて、小男の前におしやった。
 私たちがせっせと食べていると、小男は私たちの健啖ぶりを呆れ顔に眺めていたが、やがて言うことには、「こら女ども、見ているとお前らの上の口は、恐ろしく食いしん坊のようだが、下の方の口はどうなんだい?」
 すると、よもや姉さんがそんな返答をしようとは思わなかったのに、「ええ、ええ、下の口だって食べますよ。でも普通の食物じゃ満足しないんです。私たちの下の口の食べものは人間、それも生きた男の人ばかり・・・・、背の高い男の人なら、呑めば足だけ外へ残るけど、背の低い男の人なら、丸呑みにしてしまうんですよ」
 それを聞くやいなや、小男はいきなり立ちあがって、あわてて戸外へ飛び出し、どこかへ消えてしまった。
 そのあとで、姉さんは腹を抱えて大笑いしながら、言うことには、「これ妹、よくお聞き、私は小さい時から巫力にたけていて、偉い神さまでも偉くない神さまでも、魔物たちでも、どこで何をしているか、いながらにしてよく分かるのです。この人間の国の背後の山の中に、カワウソの魔の兄弟二人で住んでいて、神々の中にも気に入るような娘が見つからないので、人間の国を見わたすと、私たち二人の美貌が目に留ったのです。そこで私たちを殺して魂を奪って妻にしようと、神々の目を盗んで山を降り、兄の方は村の背後に隠れて、弟だけここへ来たのです。ところが私があんなことを言ったものだから、魂が転げ落ちるほどびっくりして、兄の隠れている所へ息せき切って駆けつけ、"人間の女どもが普通の食物を食うなら、痛くもかゆくもないが、男を食うんだそうだ。しかも背の低い男だと、丸呑みにしてしまうというから、俺たちなんかは丸呑みの範疇に属するわけだ" と復命すると、兄もびっくりし仰天して、"そいつは剣呑な話だ、危なくメノコの下の口に丸呑みされるところだったわい" と言って、二人で逃げてしまったのです。
 魔などというのは他愛もないもので、諺にもあるとおり言われたことをそのまま信じこむものだから、私たちの下の口が生きた男の人を食うなどというとんでもないでたらめにだまされて、今はもう遠い遠い所へ逃げてしまったから、これからは何も恐ろしいこともありません」と姉さんの言うのを聞いて、私は驚いたり呆れたりしたのだった。・・・と、ウラシベツ村の若い酋長婦人が物語った。***

画像は、有珠10遺跡(北海道伊達市)出土のゴホウラ製ペンダント『米と金属の時代/森浩一(中央公論社)1989』より
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月15日(水)23時38分3秒 185.252.5.61.ap.seikyou.ne.jp
   創価学会員さんは、創価学会を代表していますから「その女優(杉田かおる)の現実は北朝鮮の金正日と喜び組です」との書き込みも創価学会の正式見解とみなします。

 これは、知り合いの創価学会員はもちろん、日蓮宗や日蓮正宗の皆さんにも知ってもらいましょう。
 ついでに、民主党や共産党、自民党の議員さんにも知ってもらいましょう。
 いやいや、公明党の皆さんにこそ知ってもらいましょう。
 

老黄牛ガナシ?

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月14日(火)11時08分26秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
   「老黄牛」って、いいですね。「老黄牛ガナシ」と呼んでもよさそうです。

『神と村/仲松弥秀(琉球大学沖縄文化研究所)1968』より
*** 孤島苦を嘗められて来た沖縄の人々は、そのうえに台風と旱魃、首里王府と島津の二重搾取によって、幾世代に亘って餓死と貧困とに災悩まされてきた。
 それにもめげず、彼等村落社会は、愛と信頼によって結ばれてきた。そこには支配というものも無く、服従というものも無かった。そこにあるものは、"おそい"と"腰宛"であった。そしてキリストの言った「愛」なる言葉さえなかった。ただ、「かなし」という語があるのみだった。
 "かなし"は"可愛い"であり、長者に対しては、敬を含めた信頼の意がふくまれる。即ち"おそう"側からは"可愛い"であり、"腰宛"側からは敬と信頼の「かなし」であった。いうなれば、すべてが「愛」であった。すべてが愛であれば、「愛」という言葉が生まれ出る余地がない。***

画像は、浜川御嶽(沖縄島南部)
 

(46)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年10月12日(日)17時39分52秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
   これまで何十回も述べたが琉球松さんは解らない。
学会の歴史を何度も述べたはずである。初代牧口会長は不敬罪と治安維持法で獄に
繋がれ後獄死、後の第2代戸田会長は他の幹部が退転する中で唯一牧口会長のお供
を獄中までした。
第3代の池田会長は第2代会長の弟子です。現在でも全国の会員への同時中継(全
国の会館への衛星放送)では、「自分は戸田先生の弟子だ」と2百数十の博士号(
世界中の大学からの名誉博士号)よりもその事を誇りにしている。

>「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」池田はメロンを指して自慢げに
 いった。
この言葉を読んで一発で池田先生が怒っていると感じました。皮肉を言っているの
です。少なくとも幹部達は瞬時にその事に気づいたはずです。
>本当かどうかはわからないが、貴重なメロンである。杉田は、そんな貴重なメロ
 ンをみんなに味わわせてあげたいと思っている池田の思いやりに少し感激した。
この女優は最後までその事に気づいていないようだ。

何故池田先生がお怒りになったのか。その女優の言動から推定される。
男性幹部と女優達、同志であるとの仲間意識を逸脱して権威と美女との雰囲気にな
ったのだろう、何故ならその女優には峻厳な戦う仲間意識が執筆している時点でも
思い浮かばない様なので、その様な意識は全く無く男性に媚びるしかできなかった
のだろう(可哀想だが?)。
 社会の底辺で借金・貧乏・病気・家庭不和等に苦しむ庶民を救ってきたのが創価
学会であり、その先頭に立ち庶民の中へ入っていった人が池田先生です。
メロンを食べさせたのは自分と同じように異体同心で戦えとのことです。
幹部であるからこそ厳しく鍛えていると思います。そうでなければ一般会員が可哀
想ですし、組織も衰退します。

慈悲とは、慈父悲母といい男親の愛と女親の愛を意味します。慈とは子の苦悩の原
因を子がいやがっても無理に除くことを意味します、例えば灸をするとか、泣き叫
ぶ子に強制的に注射をさせるとか。

いやしかし、他者のいやがることはすべきでは無いとお考えですか?
冗談ではない、幹部が威張り散らすだけなら一般会員には迷惑であるその様な幹部
学会に居てくれなくて良い。
(池田先生の真心確かに受け取りました、ありがとうございます。)

琉球松さん、その女優の現実は北朝鮮の金正日と喜び組ですよ。そしてあなたの現
実もそうかも?いや多分沖縄の現実を支えている無意識の村落共同体自体が慈悲の
悲は見えるが慈は見えないのかもしれない。
 

因みに(まだシマントカナシについて)。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年10月12日(日)17時10分4秒 p4179-ipbfp04kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  因みに、現代の中国語で「老黄牛(らぉほゎんにぅ)」は故事成語で「ひたすら世の為、人の為に尽くす人」の意味だそうです。
こういう人をトップに戴いたら、世の中上手く回るんでしょうが…、まあ現実の事までは言いませんが。
 

なるほど!魅惑的ですね。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年10月 9日(木)15時56分18秒 p4179-ipbfp04kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  ご承知の様に、平安時代の日本語で「愛しい」をカナシと読んで、よく使用してました。
陰陽道の土牛が沖縄の習俗に残っているように、意外と(奈良朝とか琉球を排斥したとされる割に)平安期の中央=京都=山科・山城方面と、深い繋がりがあって長く継続してません?
一寸、そういった目で見直してみて下さいよぅ?
思い当たる所とか、あるか知れませんよ?
 

カナシ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月 9日(木)10時20分31秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   田仁さんへ

 「カナシ・ガナシ・カナス etc」は、琉球方言一般に「愛しい」以外に「尊敬する〜」との意もありますが、すでに直接的な意味はほとんどありませんね。

 まあ、日蓮正宗で言えば「総長ガナシ」、日本の代表は「総理ガナシ」って感じでしょうか。沖縄では「知事ガナシ(沖縄県知事)」と呼ぶ方もいらっしゃいます。

画像は、今帰仁村今泊海岸よりのぞむ「伊江島」
 

『杉田』

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年10月 7日(火)01時30分6秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   創価学会員さん、相変わらず元気ですね。

 ところで、元創価学会の女優さんはこんなこと書いてますよ。

『杉田/杉田かおる(小学館)2005』より・・・文中の(池田)は池田大作氏
***「このメロンは天皇陛下と私しか食べられない」池田はメロンを指して自慢げにいった。池田のメロン好きは有名である。池田はスプーンでメロンをすくいうまそうな表情で、一口食べた。そして周りを見回していった。「みんなに食べさせて上げよう」
 本当かどうかはわからないが、貴重なメロンである。杉田は、そんな貴重なメロンをみんなに味わわせてあげたいと思っている池田の思いやりに少し感激した。
 ところが、池田は、自分の食べかけメロンの皿を横の人間に回した。そしてその人間は、同じスプーンでメロンをすくい口に運んだ。そして次へ・・・。
 彼らは喜んで次々と同じスプーンを口に運んだ。席には男性幹部や女優たちがいた。中には、スプーンをしゃぶるようにする中年の幹部もいた。嫌悪感が背筋を走った。***

画像は、沖永良部島から寄贈された「奄美型高倉」・沖縄県立博物館所蔵
 

(45)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年10月 6日(月)00時31分43秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
   自らを自分と感じる部分は常に変化している、自分と言う固定された文字で
表現されているので、人は固定された自分が実在すると錯覚する。
しかし自分は常に変動している、五体・村落共同体・国家・自然・この世等自分
と言うのが、無意識のうちに拡大収縮?を繰り返すのである、これは私の説では
無く、現代心理学や仏教の説です。

以下の琉球松に対する言葉について
  「自分自身を神としているからではないでしょうか?その心の
   構造が端的に現れている文章ですね。」
少々誤解があるので補足します。
まず、座間味の集団自決の様に自分や親子の死をも越えた何らかの力(村落共同
体)と同じ力に無批判に動かされていると批判しているのです。
その力にただ突き動かされるだけで、見えないあるいは考慮しない。
その力(村落共同体)は外界には現実を造り、内側では神となる。
その力を集めれば国家になるが、主に権威や暴力により維持される。ほとんどの
国がそうだと思う。
先進国と呼ばれる国は、その力の単なる寄せ集めではなく質的転換が起こっている
のでは?その一つが憲法だと思うのです。
その力(国家)は外界には現実を造り、内側では神となる。
憲法は内側の各神の矛盾を解消して、外界の認識又は行動の共通化を通じて現実を
造る、それは自然やこの世の各神の認識を参考にしての矛盾解消の産物と思う。
だから、沖縄の憲法を創るべきとの主張はその力(村落共同体)の質的転換による
力(国家)の獲得又はそれに則った行動意識の獲得となるが、以前述べたように沖
縄の歴史は改竄されているので、その力(国家)は不確実であるので、自然・この
世・あの世の力(ニライカナイ)に則った憲法の作成が必要と主張しているのであ
る。
 

名護先生、メールを見てませんで、御免なさい。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年10月 3日(金)15時51分9秒 p4179-ipbfp04kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  何か、30日に姫路に来られるようなメールを頂いたんですが、風邪気味だった事もあり、メールを見ていませんでした。
御免なさい。
ただ、前日に見ていたとしても、当日は郵便局のパートだったので、お会い出来なかったかと思います。
結局、高皇産霊神の件は、古事記にしか「高木神」と別名では出て来ないので、古事記が江戸中期以降に見出された事を思えば、安土桃山や江戸初期のお馬鹿な差別主義者には一体全体何の事だか全く不明であったろうと思い、ある意味納得しました!脳が不自由だと知識も狭いですからね。
(しかし無茶苦茶をやったものです!!!馬鹿だったら無いよ!)
菊の御紋を貰うなんて、ソレは京都方面だけではないですか?ウチの近所にそんなの無いです。
ってか、靖国原理主義成立の過程で、祖霊神を祀っていた素朴な神社まで国家神道に組織される過程で非常に信仰を脅かされましたからねぇ、京都近辺の『氏神安堵』の意味でしょう。
(脅かしのお陰で、京都近辺とか奈良近辺とか、新興宗教とか勃興して、アレは不安感の表れですよ。)
ウチの近所のド田舎でも大正15年に古来通りの川辺に最も正式な参道がある形の正八幡社が『行政指導』で真南が正式な参道に変更させられてるとか、干渉の痕は凄いです。
姫路は小さいながら伊勢から高皇産霊神から伊予物部から色々集まってて、確かに古代の一時期に各氏族の『領事館』が置かれた場所っぽいです。
まあ、超有名な奈良・京都もそうですけどね。
所で、「しまんとかなし」の事を考えてたんですが琉球王の「うしゅがなしーめー」と「かなし」が共通するような気がします。
「かなし」って、うちなーぐちで(現代日本語よりも更に)特に意味が付与される部分とかありますか?
 

菊の御紋

 投稿者:田中  投稿日:2008年 9月30日(火)11時33分55秒 pl646.nas923.p-kyoto.nttpc.ne.jp
  本土の神社は、明治時代にいくらかの寄付をすることによって「菊の御紋」をいただいているものが多く、山の中の零細氏神様に至るまで、その由来を探ることが困難になっています。  

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月29日(月)13時28分23秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   神社などに奉られている神様にも、やっぱり何か由来があるんでしょうね。
 細かく見ていくと色々と発見がありそうです。

 琉球圏では、ほとんどが権現社ですから「伊弉冊尊・速玉男尊・事解男尊」ということになりますが、「テラ(寺の原型?)」と呼ばれる洞穴墓を伴っています。
 時々、右翼のお兄さん達が、那覇の「波之上神宮」に集まっていたりするんですけどね、神様にとっては迷惑かも?

 しかしまあ、あの中山さん、選挙を有利にするとの行動なんでしょうけど、やっぱりちょっとハズレてますね。

 ああ、それから創価学会員さん、僕はべつに "民衆の身方で平和を願うと自らを称" しているわけでもなんでもないですよ。。。そんな思い上がりは創価学会だけで十分!

画像は、琉球圏のランドタワー「伊江島タッチュウ(立神)」・・・神々が目指したゴホウラ貝輪のトンガリ?
 

(44)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年 9月28日(日)21時36分17秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
  琉球松さんが以下の様に言う
>この学問?、けっこういろんなものが見えてきますよ。宗教に勝ち負けを持ち込む
 創価学会の思い上がりもよく見えます。

宗教は人間を幸福にするためにある、宗教の為に人間が在るのではない。
故に宗教の勝負は人間を幸せにしたのかどうかである。主体思想を信奉し北朝鮮の民衆
の苦しみについては無視を決め込みながら、民衆の身方で平和を願うと自らを称する琉
球松さんは、その矛盾に気づいているのかそれとも…‥。
 学問は本来、真理を探求するもので人間の幸不幸の感情とは一線を画すべきだと思う
のですが?さすが琉球松さんです。金王朝(主体思想と言う学問?)絶対視して北朝鮮
民衆の塗炭の苦しみには一切同情しないあるいは現実と認識しない。
それは多分琉球松さんが、自分自身を神としているからではないでしょうか?その心の
構造が端的に現れている文章ですね。
地獄の苦しみにある人は真理とか学問とかは関係ありませんただそこから抜け出したい
との渇望が毛穴から吹き出すのです。

「集団自決を強制したモノ」は「沖縄の神」「座間味の神」ではないだろうか。
神の命令以外に島民が自分の妻や子供や親を殺す命令を聞くことはないと思う。
神のマイナス面が現れたと思うのだが。
「座間味の神(共同体の無意識)」とは現代風に言えばハードとソフトのソフトである。
ある本に辺境の共同体は皆親切で個人のことを皆自分のことのように心配する。これは
白人や黒人や黄色人種に関わらずそうだとのこと。
共同体は常に餓えや災害と共同で闘う、だから本音で個人は存在せず共同体の心で生き
るのである。もちろん個人的な対立や好悪の感情は存在するのだが、その様な個人の心
を中心に据えれば共同体が壊れるし、本人も排除されると知っているからです。
丁度、絶壁を登る綱で連なった登山家グループの様に個人は無意味で共同体でなければ
生きられないのです。
座間味の集団自決の生存者は、剃刀で妻の首を切る人、子供を火の中へ投げ込む母親、
未だ死に切れない身内を石で次々に潰す人、を目撃している。また当時を振り返って「
頭が真っ白になっていた」との証言もある。

「座間味の神(共同体の無意識)」ハードの部分は神事・掟・島民の肉体等でソフトは
島民全員の無意識に存在する共同体神だと思う。自然・役所・法律・日本軍・マスコミ
・学校等は外部と神との関係で捉えるべきだと思う。
ハードの社会としての部分はソフトの神が作りだした物である、何故なら島民が現実だ
と思う物とモノはその神が作り出すからである。
ウチナーンチュが国家を造ると仮定すれば、欧米の様な民衆主義国家は造り得ないと思
う何故ならウチナーンチュの無意識は欧米人の様に深化してない、日本の様に近代国家
も無理だと思う。せいぜい韓国や北朝鮮レベルだと思う。
北朝鮮があの様な国家しか造り得ないのは、やはりソフトの無意識部分がその程度だか
らではないのだろうか、多分民衆主義を成立させる無意識部分は未だ生まれていない。
もちろんウチナーンチュもそうである。

「座間味の神(共同体の無意識)」は小さな共同体の神であるが、同時に同じような
神を人種を問わず各共同体は無意識に持っている、先進国や大国の共同体も過去に
は持っていて、その記憶を無意識に残っていると思う。
その神の一面に平等がある、辺境の人間が他者を身内の様に遇するあれである。
それが共産主義の本体である。共産主義者は無意識では神と自分を同一視している
のである、何故なら神の平等性を実現しようとしているのは自分だから。
古来、悪人に殺された人間や不幸に突きおとされた人間より、自らを神する又は神の
使いとする人間に殺され又は不幸にされた人間が何万倍あるいは何百万倍も多いと思
うのだが。
 

秋祭りで、幟を見て。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年 9月28日(日)16時45分38秒 p4179-ipbfp04kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  凄いショックで。如何考えたら?みたいな。えええええー?!って感じで。
って、何の事を言ってるかってば、私は名護先生の説に感じ入って、被差別部落とか起源的に安土桃山とか江戸期の財産収奪が目的で、皇太神と直接関わりの無い神を祀る、しかし渡来系で裕福な所が狙われたろうと、考えて見た訳ですが。
でもご近所で実際に、秋祭りの幟を見たら、高皇産霊神系だったり須佐之雄神も脇社だったりって場所がやられちゃってるんだったのか!みたいな事で驚いています。
何だったんでしょうか?結局アレは?皇室と直接の余程深い関係以外はアウトと考えてた?
まあ、今の中山前国交相とか見る限り、余り合理的な考えの出来るヒト達の集まりではないって、現在進行形で想像はつきますけども。
って、日本最大右翼団体の日本会議とか、靖国原理主義(安土桃山・江戸期の萌芽をも含む)の後継者って前提でお話してるんですが。
 

沖縄学

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月24日(水)13時47分2秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   「沖縄学」について、外間守善先生は以下のように書いています。

『沖縄学への道/外間守善(岩波書店)2002』より
*** 学問を研究する学徒にとって、それぞれの学問分野で「伝統」「創造」「変容」の問題究明はきわめてだいじな焦点になっている。だからこそ学問を志した世界中の学徒たちが、近年とみに「沖縄学」に熱い眼差しを向けるようになってきたのではないだろうか。
 戦後、1960年代から80年代にかけて新しい時代に目ざめた私たちの「沖縄学」は、「日琉同祖であるということを証明しようとする学問」、などというような悪しき批評からはすでに抜け出していた。日本という民族国家の枠組み、すなわちグレートトラディショナルな国家レベルで沖縄を見る、学ぶのではなく、沖縄、すなわちスモールトラディショナルな村落レベルで沖縄を、そして日本を見る、学ぶという学問的方法論が培われてきた。
 そういう新しい「沖縄学」の視野は、当然東アジアに、東南アジアに、さらに環太平洋地域に広がっていったし、アジアに、環太平洋地域に「沖縄」を位置ずけることのできる学問的成果も続出してきた。***

画像は、与論島略図『沖縄学への道/外間守善(岩波書店)2002』より・地名の響きはほとんど沖縄島と変わらない。
 

沖縄学

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月21日(日)23時54分57秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
   田仁さん、そういうのありましたよ〜。

 沖縄学は、琉球圏だけの学問ではなくなりつつあります。
 この学問?、けっこういろんなものが見えてきますよ。宗教に勝ち負けを持ち込む創価学会の思い上がりもよく見えます。

画像は、「ウイグスク」から見下ろす嘉陽部落(沖縄島北部)。
 

(43)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年 9月21日(日)22時49分35秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
   沖縄の心の狂いを三つの視点から眺めてみたい。
一つに、左翼や知識人の世界観である。物質宇宙があり、その中に地球があり、そし
てその中に個人が存在して、その個人の中に心が存在する。
しかしいままで述べたように、個人の中に個人を越えた共同体の心、さらに自然(地
球)と一体の心や宇宙(物質宇宙)と一体の心(この部分の心は理解しがたいが偉い
人達が少なからず発言しているのであると思う)がある。
教科書問題で騒ぐのは共同体の心なので明らかに左翼的認識と水と油である、左翼は
物質は真実と捉え、共同体の心を「共同幻想」と捉える、原理的に解決できるはずが
無い。

二つ目に、沖縄の歴史が改竄されているために共同体の感情が間違っている可能性が
あることである、歴史事実が必ずしも明らかになるとは言えないので、沖縄の共同体
の心は沖縄人自身が信頼してはいけないと思う。
以前、薩摩の人と親の反対を押し切って結婚した女性の投稿があった。
薩摩は沖縄を支配し金を搾り取った憎い敵ではある、しかし「赤椀の世直し」で解釈
すると薩摩との関係も微妙に違う。
朝廷に「隼人舞」と言うこっけい踊りがあるそうだ、海幸が山幸に負けた時の踊りで
天皇の前で披露されてたらしい、隼人征伐に負けた隼人族が天皇に恭順の意を表す舞
と推定される。
私はこの隼人族は古代の海人族、つまり沖縄から南九州までの同一部族だと思う、薩
摩の上層部は秦一族になり以後薩摩を支配する。
そして多分平安時代の遣唐使船の頃まで、沖縄も上層部は秦一族に乗っ取られたと推
測している。
沖縄の共同体の心も悲しいことだが当てにならない。

三つ目に、ニライカナイの心(神や仏の心)で沖縄と本土を比べて見る、「赤椀の世
直し」的には天照大神と八幡大神となる、ここに念を押すがあくまでも宗教的な勝負
である、それは民衆が幸せになったのか、あるいは人間として成長したのか等のこと
で比べると千年以上の時がたっているので結果はでていると思う、本土側に沖縄は宗
教でも負けた。
 

一読したうろ覚えで申し訳ありませんが。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年 9月21日(日)15時53分47秒 p8069-ipbfp503kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  何か、「沖縄学を国際的に」との主旨でシンポジウムだか学部新設だか?そんなニュースを琉球新聞か何か?で、読みました。
益々の隆盛をお祈りします。
絶対!沖縄の方が大陸に近いんだから、先進的だったり主導性を発揮してたり、って時代があった筈なのに!精一杯、京都や奈良方面の貴族社会が記憶から削除した所為で、埋もれてしまって。
その時代を明らかにする事が、これからのアジアの時代到来にも、必要欠くべからざる事であると信じます。
 

屈葬

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月20日(土)17時56分6秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   田仁さんへ

 屈葬って、よく死者が怨霊?として歩き回らないようにとの解釈がされてますけど、どうなんでしょうかね。

 僕には "胎児の状態" にして再生を願っているように見えます。吉野ヶ里遺跡の瓶棺も子宮を具現化しているのではないでしょうか?

 そうすると、死者の腕のゴホウラ貝輪は、子宮への往復チケットとして機能しているのかもしれません。

画像は、沖縄の亀甲墓(伊是名島) *** 女性の下腹部を表す。
 

えええええーっ!?

 投稿者:田仁  投稿日:2008年 9月19日(金)21時12分36秒 p8069-ipbfp503kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  屈葬って事は、洗骨じゃないです!
何故?
兵庫でさえ、結構洗骨してると思われるのに。
ま、色々混ざってて当然か知れませんけど。
 

「山」の字

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月18日(木)12時08分39秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
  画像は、種子島「広田遺跡」の出土状況・『日本の古代3/森浩一(中央公論社)1989』より
 

新羅

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月 9日(火)17時25分23秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
   「シロミキヨ」の「シロ」は「シル・シニ」とも発音されていますから、新羅「シラギ・シルラ」との繋がりはないとは言えないでしょうね。

 徐福伝説も琉球圏では馴染みが薄いんですけど、種子島の弥生遺跡なんかはなんかニオいますね。

画像は、久米島出土の貝符『日本の古代遺跡47/森浩一(保育社)1993』より
 

新羅がシロとよく言います。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年 9月 9日(火)13時50分22秒 p8069-ipbfp503kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  ウチの近所の地名「白国(しらくに)」は新羅系の移住の痕跡として有名ですし、古墳跡は今も神社ですね!文字通り「白国神社」が建ってます。
まあ、近隣も山に埋もれた古墳だらけですが、花だけ供えてあって、伝わってんだか伝わってないんだか曖昧。
沖縄・九州読みの「原(はる)」は半島系の痕跡で、古代に舟で行き合うのは、あって当然無けりゃあ不思議ですよ。
徐福の時は大陸の大激動期で、秦の始皇帝の全国統一自体武力に拠ったし、その後の秦帝国崩壊も物凄かったし、項羽と劉邦で有名な漢建国の前の戦争も凄かったし。
大陸の人口がその前と後では半減していたと言いますな。
だから、実際に戦闘や長城建設の強制労働や飢餓で亡くなった人も居たけど、山に逃れた農民とか海に逃れた難民とか、生きて逃げる人も膨大だったと思われ。
その内の幾らかが日本に辿り着いたにしても、累計では凄い人数に上った筈で、一種の人口爆発は起こしてたでしょう。
その痕跡が徐福ですね!ソレがタカが一箇所の伝説で済むと思う方がそもそもオカシイ。
私の住んでるトコを切り開いたとされる秦氏も、弓月の君とか、有名でしょ?半島経由で日本へ来た、と史書にもハッキリ書かれてます。
と、この様に、大陸と秦氏と新羅も入り混じるんですね、経由地とかいった形でね。
ニイダマは「新魂」ではいけないんですか?荒御魂奇御魂和御魂幸御魂(あらみたまくしみたまにぎみたまさきみたま)が年々新たに常世から来るんでは?
当然長い歴史の中では、ソレが稲霊と言い得る時代も有ったんでしょ?
勾玉は、日本海ルートをもっと調べてくださいよう。
そしたら、半島とも九州とも経由地的に親しくなるじゃないですか?
 

平瀬マンカイ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月 8日(月)23時32分21秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   今日夕方、RBC琉球放送『琉球弧の祭り』で、奄美大島秋名の祭りの紹介がありました。明日の放送では、同部落の「平瀬マンカイ」とのことです。

 この時期の奄美諸島は、沖縄諸島から戻ってくるアマミキヨをさらに北へお送りするイベント?が行なわれていたはずで、この祭りも沖縄島の「ウンジャミ・ウンガミ」と同系のものかもしれません。
 「マンカイ」は沖縄島での掛け声「オンコイ、オンコイ」と同義かも。。。

 その祭りの神歌で謡われる「ニイダマ」は「稲霊」とされていますが、これが巻貝との交換品だったとすれば「曲玉」の可能性もあるかもしれません?

 秋名部落は、みるからに稲作の盛んなところですが、およそ稲作には不向きな部落でも、この祭りが行なわれていたわけですから、稲霊(米?)を手に入れてもしょうがなかったんじゃないでしょうかね。

画像は、奄美大島秋名の神女達『神々の古層11/比嘉康雄(ニライ社)1993』より
 

シロミキヨ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月 7日(日)22時28分38秒 172.50.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   奄美沖縄の創世神名「アマミキヨ・アマミク・アマミコ etc」の対語は「シロミキヨ・シロミク・シロミコ etc」で、これは「白」を表す可能性が高いですね。

 (蛭子のような)色白のお方?、(済州島の巫女のような)白装束のお方?。。。色々と想像はできるんですけども、なかなかバシッといかないんですよね。


 ところで田仁さん! なんか「徐福」の話がしたくてウズウズしてません?(笑)。

 徐福伝説は、西北九州や紀伊半島南端などに分布してますけど、出土した遺骨の視線?が中国方向とされる山口県の弥生遺跡「土井ヶ浜」周辺には「楊貴妃」伝説があるようですよ。

画像は、塩屋神遊びでの風景
 

(42)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年 9月 7日(日)22時02分26秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
   田中さんと琉球松さんに問うたことの返事がまだですが、ご両人とも無意識に
個人を越えた層があるとの説を認めたと判断していいですね?
歴史には2種類の歴史があると思います。
一つ目は主観的な歴史で個人の無意識にある感情の絡みついた歴史。
二つ目は社会的(理性的)な歴史で個人の歴史認識の差異をできうる限り理性的に
処理して社会的合意の歴史とする物。
一つ目が命に近いモノとすると二つ目は真実を求める物となる。
私がこれまで問題にしてきた歴史は命に近い一つ目の歴史である、その歴史を認め
れば、個人には過去から現在までの民族の魂?と表現すればよいのか、少なくとも
現在と個人の肉体をはみ出した心の層が空として存在する。
 沖縄の教科書問題で騒ぐのは、この部分の心の層が騒いでいると思う。
本土側から受けた差別がこの部分に存在して騒いでいるのか?私はそれほど単純で
は無いと思う、東アジア・日本・沖縄の歴史で沖縄の歴史が改竄されている可能性
があると主張したが、東アジアや日本では改竄で正しいが「沖縄の歴史が沖縄で改
竄されている」は矛盾になる、詰まり極端に言えば沖縄と言う名前さえ怪しいとな
るのである、これは単に象徴的に述べたのであるが、少なくとも我々の怒りや喜び
が操作されて、真実とは違う方向を向いている可能性があるのではなく、違う方向
へ向けて為改竄されたと推定しているのである。
だから我々ウチナーンチュは感情もゆがんでいる可能性がある。
私がニライカナイの層を求めるべきだと主張するのは、その層は古代以前でウチナ
ーンチュと言う言葉さえ存在せず水平線の彼方に神々を見た層で沖縄の文化や歴史
の根源だと思うからです。
二つ目の歴史(教科書)を正すべきか?二つ目の歴史は客観的理性と証拠により構築
されるべきであり、県民や日本人や権力や人類全体が望んでも書き替はすべきでは
ないと思う、あくまでも理性と証拠で構築されるべきだと、ほんとはみんな知って
いるはずである。そして不満があれば理性と証拠で対応するはずである。
 しかし、沖縄の平和運動家はそれができない、唯物論者が多い所為だと思う。
彼らは、一つ目の歴史をこの物理的宇宙の個人の肉体の内に存在するとする、そし
て取って付けたように人権とか平等とかを言う、なぜなら彼らの考える物質世界に
人間的価値など存在しないので、それではまずいので人間的価値を物質のように取
り付けるのである(彼らの物質世界に対する認識は、素人向けのの啓蒙書を読んだ
だけではあるが現代物理学と全然違う、ミクロの世界に過去から未来に流れる時間
は存在しないそうである、マクロ世界に時間は存在するらしいが歴史が過去から未
来に流れる時間を基礎としている以上二つ目の歴史は客観的とは言い難い、ある物
理学者は時間は生命の意志と関係があると考えていた、私は物理学者の言う物質世
界を信用する)
 いずれにしろ、我々人間は家族や他者や国家やこの五体以外を命とする暴流のエ
ネルギーも持っているのである。
この問題を間違った認識で対応すれば不幸になるだけである。
 

怒られるか知んないけど、でも!

 投稿者:田仁  投稿日:2008年 9月 6日(土)17時08分27秒 p8069-ipbfp503kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  やっぱり、白い薄い着物ってば、海人族の海女の風俗でしょ?本当に海に入る時はもっとピッチリした服になるけど。
まあ、最近のウェット・スーツは黒で(暖かい)すけど。
海女は済州島とかでも、もっと東の伊豆の方とかでも、同じ風俗で。
何も近現代の国境線に捉われる必要は無いと思うんですよ?済州島には日本の姫さんがウツボ舟で流れ着いた話もあります。
台湾の風俗とか、如何なんでしょうね?山岳じゃなくて浜辺は、早くに漢族に追われて余り残ってなかったりするのかな?
恐らく、「千代に八千代に」のルーツは神歌で合ってるんじゃないですか?
只ね、境界線に古いのが残るから、近隣も見て欲しいんですよ…。
 

(無題)

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月 5日(金)14時55分59秒 228.48.44.61.ap.yournet.ne.jp
  塩屋の兼久浜風景
 

神歌

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月 4日(木)14時30分55秒 228.48.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
  『やんばるの祭りと神歌(名護市教育委員会)1997』より

*** 塩屋遊び座にて歌うもの

 あけずばに ぬきたりて(トンボ羽の如き衣を着て)

 わぬ神や うがまって(わが神は拝まれて)

 大和のきんぶさが(大和のキンブサが)

 わしまなり くんさとり(未詳)

 とはらぐいちむんに(多くの御一門に)

 うがまりて(拝まれて)

 うゆいとら かくぐとら(御依りをとろう、格護をとろう)

 とはくさど やはくさど(千歳も、八百歳も) ***


画像、足の悪い老ノロはカゴ中から海に向かう。
 

千代に・八千代に

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月 2日(火)23時49分9秒 228.48.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
  画像、塩屋の神遊びでは神歌がうたわれるんですが、その終わりの部分「とはくさ(10×100=千歳)・やはくさ(8×100=八百歳)」は、♪君が代の「千代に・八千代に」の原型かもしれません。
 

兼久浜へ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 9月 1日(月)19時35分9秒 228.48.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
  画像は、国道58号を横断する神女達・「奄美大島にて」とウソの説明をしてもバレない(笑)
 

(41)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年 9月 1日(月)00時10分13秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
   前回までに「赤椀の世直し」の仮説に符合する事柄を取り上げて、沖縄の歴史が消
されている可能性を示唆した。

現在認められている歴史的な事実を張り合わせてみたい。
平安時代は遣唐使の南島路の存在があり、沖縄に何らかな社会体制が存在したと推測
される。
古墳時代〜縄文時代に遡れば、沖縄から北海道までの貝の交易ルートが存在した。
さらに、中国古代に使用された宝貝や子安貝は沖縄産との説もある。
山海経に倭は燕に属すとある、燕は紀元前に現在の北京辺りに存在した国である。
燕の通貨名刀銭は本土では出土せず、沖縄でのみ出土している(リンク参照)。
黒潮の方向を考えると北から沖縄に漂流するとは考えられず、やはり交易により獲得
された貨幣と考えられる。
中国との交易が成立していたなら、その時代沖縄に何らかの社会体制が存在し、貨幣
の意味も文字も知っていたであろう。
3世紀の中国の正史「三国志」(魏志倭人伝)の倭(邪馬壹国)の表現は全体的に南
西諸島である。倭は燕に属するに符号する。

「赤椀の世直し」の仮説は正しいとして沖縄の歴史を眺めてみたい。
倭(邪馬壹国)は沖縄となる、記紀以前に成立して中国の正史「三国志」(魏志倭人
伝)の倭が沖縄とは、天皇家にとってあってはならないことである。
7世紀の正史「隋書」に倭と共に流求国が記載されている、沖縄を流求とすれば沖縄
が歴史から消える(この流求が沖縄か台湾かは関係ない)。
17世紀に薩摩の支配に入り、その統治下で正史「中山世鑑」「中山世譜」を編纂し
自らを琉球(隋書の流求)と名のらされた。
そして、東アジア史で倭国の名称を剥ぎ取られた。

薩摩の島津家は秦一族で、朝廷の裏鬼門を守る八幡大神を尊崇する一族である。

http://pub.ryukyu.net/article/vol09.html

 

塩屋ウンガミのハーリー

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 8月31日(日)11時30分20秒 228.48.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
  画像は、船こぎ競争・・日の丸には国旗との認識は薄い
 

ニライカナイ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 8月30日(土)23時56分12秒 228.48.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   中国の春秋戦国まで遡れるかはわかりませんが、開化天皇時代までは楽勝かもしれません。

画像は、兼久浜でのニライカナイ(ネルヤカナヤ)への祈り・・神々は奄美経由で来島、帰郷
 

巫女が神輿を先導とは!超驚き!

 投稿者:田仁  投稿日:2008年 8月30日(土)14時30分40秒 p8069-ipbfp503kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  最も古い形態として、実に由緒正しいです。
少なくとも、中国の春秋戦国までには遡れますね。
下手すりゃ殷とか、もっと夏とか、夏陽国とか。
当時は明らかに列島なんて僻地で無いも当然ですから。
ソノ辺りを掘り下げると、面白いでしょうね!とても興味深いです。
 

海神祭

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 8月29日(金)19時00分0秒 228.48.44.61.ap.yournet.ne.jp
編集済
   田仁さん、レスできなくてすみません。

 先日、塩屋(沖縄島北部)の海神祭を見てきましたので話題にしようと考えています。
 しばらくの間、お付き合いできるでしょうか。

画像は、塩屋部落シナバでの応援合戦。。。ヤンバルの女はキラキラしている
 

銅鐸の一行だけで、変なのを調子に乗らせちゃったみたいで、御免なさい。

 投稿者:田仁  投稿日:2008年 8月28日(木)18時20分52秒 p5123-ipbfp05kobeminato.hyogo.ocn.ne.jp
  臨時国会の会期を縮めた本当の理由を報じないメディアの遠慮|週刊・上杉隆|ダイヤモンド・オンライン
http://diamond.jp/series/uesugi/10042/
 

丁字頭曲玉

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 8月28日(木)18時03分27秒 186.154.145.122.ap.yournet.ne.jp
編集済
   塩屋でのノロの曲玉は、光の具合で緑っぽく見えますが、新潟県糸魚川産でしょうか?

画像は、シナバに到着したノロ。
 

塩屋湾のウンガミ

 投稿者:琉球松  投稿日:2008年 8月27日(水)19時54分59秒 186.154.145.122.ap.yournet.ne.jp
編集済
   名護先生、暑い中おつかれさまでした。

 屋古部落の船が神女をお連れするシーンは、アマミコを島に招き入れた古代の風景を思い浮かべました。

 また、巨大な丁字頭曲玉をはいた老ノロが、西海岸の兼久浜で手を合わせるお姿には、目頭が熱くなりましたね。

画像は、塩屋部落に到着した神女(アマミコ役?)
 

(40)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年 8月24日(日)18時24分30秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
   陰陽道との言葉は中国にはないそうである、中国の陰陽説や五行説その他も諸々の
物が混じって日本でできたらしい。
それの根底には中国の「気」の思想がある、宇宙の「気」を探った場合の例として暦
がある、冬至と言う1年でもっとも太陽が地面に近づく(元気が陰陽を生み、その陽
が最も力がない瞬間)瞬間を基準に陰陽の濃度で暦を造る。
一種の自然科学であり、社会や民衆の為との姿勢が窺える。
一般的なイメージである、平安時代の陰陽道の呪詛や祟りは個人や家など公的でない
部分であるが、気の思想で解決できる、特定の個人や家にのみ災いをもたらす「気」
が存在する、中国の場合は東北であったが、日本でできた裏鬼門は、その方角に天皇
家に災いを為す何らかの実体があり、「気」が発生していたと推定できる。
朝廷の南西方向に存在する物で朝廷に災いを為すとの命題に答えられるのは、現在で
は「赤椀の世直し」の仮説しかないと思うのだが?

 鎌倉幕府の裏鬼門を調べてみた、夷堂とある。
夷(エビス)は蛭子(ヒルコ)と同一である、蛭子は国生み神話でのイザナギとイザ
ナミの第1子である、第2子の淡島と共にちゃんとした子供ではないので、海に流さ
れたとある、女性のイザナミから誘ったのでまともな子供ではなかったとのこと。
次ぎ、男性のイザナギが誘い淡路島・四国・九州・本州等が誕生する。
この神話から明らかなことは、ヒルコと淡島も実体のある島であるとのことである。
これも最初イザナミにより生まれたとの説明が「赤椀の世直し」仮説にぴったりと当
てはまる。
 

(39)集団自決 強制したモノ

 投稿者:創価学会員  投稿日:2008年 8月17日(日)21時59分0秒 EAOcf-98p239.ppp15.odn.ne.jp
   画像に遣唐使の北路・南路・南島路がある。
北路は百済が滅び新羅との関係が悪化して7世紀後半から使用していない。
以後8世紀初頭〜中頃まで南島路を使用して、それ以後は南路を使用したとの事です。
9世紀初めの空海は南路を使用したことになる。
以上が通説です。

南路を取り、円仁は838年6月23日五島列島の宇久島から出港、7月1日揚州に着
約8日で中国へ渡る。
南島路で帰路に就く鑑真一行は、一つの船は5日で二つの船は6日で沖縄に着く、残る
一つの船(阿部仲麻呂)はベトナムまで流されたそうである。
空海は804年7月6日出航、8月10日福州漂着。35日で中国へ着いている。
帰路は8月明州を出航、10月太宰府着と一月以上の日数を要している。
普通水は1週間もすれば腐れると思うのだが。
日数からすれば明らかに南島路であるが何故通説では8世紀後半以降南島路は無い
となっているのか不思議である。
空海の「留求」の発言、これは隋書「流求」を受けての発言と思うが、隋書の「流
求」は人食い人種の国と記載されている。
隋書の「流求」は沖縄説と台湾説とがある。人食い人種と鬼ヶ島を合体させれば人
喰い鬼の住む島の伝説ができあがる。

歴史を三つのレベルで纏めてみたい。
1.沖縄自身の歴史として。
遣唐使船が遭難する率が高いのに、鑑真の一行は3隻がピンポイントで沖縄へ入港
している、相当経験された航路だと想像できる。
いずれにしろ、天皇の武士(沖縄神話の天孫族)が沖縄に常駐していることが推測
される、鑑真は「阿児奈波」と呼ぶ。
2.日本本土の歴史として。
色々調べた感想ではあるが、南島路はできれば無かったことにしたいような感じが
するのだが。
3.東アジアの歴史として。
その後沖縄自らが琉球と名乗る、「赤椀の世直し」は消えて変わりに人食いの歴史
を自ら沖縄の歴史とする。

田中 様
>私にはむしろ、当時の本土人は、人喰い鬼の棲む島になるべく近付かないように、
 避けながら航海していたように思えますが。
質問します。1200年前の人々の心をどうして推測できるのか?との質問です。
まず、
中世の人の心が現代人の無意識に影響を与えている又は残っていると田中さんは認め
ているとしても良いですか。
次ぎに、
明らかに南島路は、少なくとも8世紀中頃まで使用されているが、それは田中さんの
記憶(個人では無く集合的な記憶)と違うと思うのですが?
さらにそれ以後使用されていないとの通説も疑わしいのですが。
その様な集合的な記憶がねじ曲げられているのは何故だと思いますか?

琉球松 様
批判するのは悪では無い、しかし何の根拠もなく誹謗中傷するのは、戦前の軍部や
北朝鮮のように独裁政権のやることです、その様な思想に平和を唱える資格はあり
ません。
質問します。
沖縄の歴史は消されて捏造されていると感じているのですが、もしそれが真実なら
ばあなた自身やウチナーンチュの心に影響を与えていると思いますか?

陰陽道(鈴木一馨 著)P739行
つまり、陰陽道とは「陰陽の道」のことであり、そこで言われる「陰陽」とは中国
民間思想ことを総称した言葉なのである。

鬼門は、古代中国の書物『山海経』にある物語が元となっており、北西(乾)を「天
門」、南西(坤)を「人門」、南東(巽)を「風門」、北東(艮)を「鬼門」とした
ことによる。
裏鬼門は日本独自のものである。石清水八幡宮についてリンクしたそこに京の裏鬼門
を守るとあるが、記憶によると朝廷で裏鬼門を祀っていたそうである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E6%B8%85%E6%B0%B4%E5%85%AB%E5%B9%A1%E5%AE%AE

 

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