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NHKのETV特集『日本と朝鮮半島2000年』で、高麗の反体制派「三別抄」の残党が沖縄島に逃れたのでは?との説が紹介されていました。
番組では、王家の墓「浦添ようどれ」から発見された高麗瓦に記された年が、済州島での「三別抄」の崩壊年(1273年)と一致するようで、しかもこの時期の琉球は築城技術が向上する時期と重なると紹介されていますから、言葉としての「グスク(城)」とも関わるのでしょう?
それと、済州島の老人が「三別抄」のリーダーを、愛着をこめて「ハラホジ(おじさん)」と呼んでいたことも気になりますね。
これは、沖縄島では先祖を意味する「親ファーフジ」、あるいは奄美でいう「ハロジ」の原型かもしれません。
また、この集団が沖縄島北部の神歌に出る「美しい兄達」で、伊予水軍に続く亡命集団とも考えられます。
写真は、具志川グスク遠景(久米島)
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