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ご承知の通りペーロン(白竜)は、中国の春秋戦国時代に「天問」等を書いた詩人の屈原が、祖国を秦帝国に滅ぼされたのを悲しみベキラ(長河の淵の名)に身を投げて揚がらなかった為、偉人の遺体を魚や竜神が傷付けないよう身代わりの粽を投げ込み、更に竜神を驚かす竜頭船の速さを鳴り物入りで競った!と嘘か誠かソウ伝説では。紀元前3世紀半ばの。「カンガナシ」だけでは何れとも受け止められまして。ソレよっか卑弥呼が!箸墓?秦帝国の残党が築いた日本の秦王国が九州から兵庫や滋賀へ移動したのが恐らく紀元2世紀...。何か騙されてるような...?「(誰も居ない無住の地で)天が高し!」と喜んでたのに...。(古田史学が何と言おうと未斯欣王子は5世紀で、秦王国は兵庫です!)
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