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宮古島の女ミルク(弥勒)は、男サーカ(釈迦)との闘争に破れ、中国へ去ったとされてますから、間接的ながらも中国の弥勒運動?との関係がありそうですね。
これは、沖縄島北部の神歌に出る「唐はミルク島」と繋がる伝承?、あるいは同時代のことかもしれません。
日本本土のダイシ信仰などのメシア思想や、中国&朝鮮の「世直し運動」が活発になっていた時代でしょうか。
『ミロク信仰の研究/宮田登(未来社)1975』より
*** 大昔宮古にミルク様が生まれた。不美人で耳が垂れ下がった姿をしていたが、心は美しく、豊かな物を人々に分かち与えていた。子供がない人には子供を与えたりしたのであった。ある時サカボトケ(釈迦仏)とミルクボトケ(弥勒仏)が大喧嘩をしたあげく、決着を両者が牡丹の花を咲かせることで決めることにした。もし勝てば島に残って宮古の守護神になり、負けたならば宮古を去って支那の守護神になることにした。ところがミルクボトケはうっかり居眠りしてしまい、サカボトケの方の牡丹の花が咲き、負けてしまった。いたし方なくミロクは宮古を去って支那に行ったが、その時宮古に稔る美味しい果実など皆持っていってしまったという。***
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