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祈祷師

 投稿者:三浦典子  投稿日:2005年12月26日(月)18時39分53秒
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  Qアドバイス、ありがとうございました。鹿児島県出水市西★★の★★★★です。やはり山内先生にメールを書いていて、★★の考えの整理が少しはできたような気がします。彼女は鹿児島市内の一級建築士と城山の★★観光ホテルで盛大な披露宴で結婚しましたがセックスレス夫婦関係で(婚姻生活中には一度もセックスは無かったそうです・旦那が勃起不全のようでした)で離婚しました。★★のお母さんに私の思うことを話し、★★の医療機関にかかることを促すべきでしょうか?数日以内に彼女の家を再訪してみようとは思っています。★★、友人が私の★★を訪ねてきました。その友人には毎年★★を出すだけ(向こうからは返ってきたことがない)の関係が続いていたので、再会は嬉しかったのですが、本人の様子が明らかに普通ではないように思われました。突然訪ねてきた理由は、キリスト教関係の信者の彼女が耳元で「★★で謝肉祭があるから、早く行かないと。小中高時代の友人もみんな来るんだから。」という私の声が、ここ数日に渡って天界から聞こえたからだそうです。私だけではなく、他の同級生の声も何度も聞こえるとのことです。もちろん、「謝肉祭」など私は全く知りませんし、他に聞こえる声の主とされる同級生ともまったく面識がありません。その後、久しぶりに会ったのだから、ということで彼女としばらく一緒にいたのですが、会話は殆ど成り立ちませんでした。視線も全く一定せず、常に手を不自然に動かしたり、時々キョロキョロしながら笑っていたりします。突然立ち上がって部屋を歩き回ったりもします。「そろそろ仕事を探さないといけない」「ICチップってどんなものかわかる?私は頭の中にそれを誰かに埋め込まれているから調子が悪くて仕方ない」「今も同級生の声が聞こえる」などと、殆ど聞き取れないような声で、時々つぶやいているのは分かりました。それから、出水市の★★★の彼女の家に行き、彼女のお母さんと話をしたのですが、「あの子は変わってるでしょ。行動も言うこともちぐはぐで。まあ仕事に就けとは言わないけど、長い目で見てやろうとは思うんだけどね」と言い、本人に対して怒ったりはしていないようなのですが、母娘の会話が殆どないため、本人の幻聴?らしきものには気づいていないようです。ちなみに本人は、学校を卒業したのち、鹿児島県の金融機関大手の★★★★★に就きましたが、どこでも対人関係でつまずき、★★になるとのことでした。クラスメイトだったころはとても几帳面できれい好きだったのに、今では無造作に積み上げられた物の片隅に、真っ黒になった寝具にくるまって昼夜寝たり起きたりの生活をしている彼女をみて、私は言葉を失いました。彼女がまだ仕事をしている頃、数回会ったことはあるのですが、その頃からも「嫌いな同僚が夜中にずっと見張っている」などと、辻褄の合わないことを言っているなあ、と思ったことはあったのですが、単に疲れているのだろう、と思い、そのまま連絡がとれなくなった経緯があります。それから、統合失調症という病気が存在することを知り、もしかしたら彼女はそうだったんじゃないだろうか。もしそうなら、私は彼女が発したサインを見過ごし、放置してしまったんだろうか、とずっと心にひっかかっていました。リストカットもしています。ナイフを常時所持しているみたいです。そして★★★、おそらくそれは現実だったのだろう、と確信しました。とても差し出がましいかもしれませんが、私としては、治療などという大げさなものではなく、ただありもしない声を止めるためだけにでも、一度専門の医療機関にかかってほしいと思うのですが、それをどうやって本人、もしくは家族に言い出せばいいか、わかりません。身内ならば、同じ症状をもつ人の会や、病院に連れていったりということができるのかもしれませんが、私はただの数年連絡もとっていない同級生であり、どこまで踏み込んだことができるのかどうか、悩んでいます。ただ、昔は本当に仲良くしていたので、このまま見過ごすことはしたくありません。彼女は私の結婚式で友人代表で祝辞を述べてくれた人です。綺麗だった彼女が今はぶくぶく太って薬の副作用なのか何なのか。或いは婦人病なのかも知れません。友人は30代後半の高齢の女性ですから更年期障害の疑いもありますが動物霊のようなものが憑依している気もしています。細木数子の本にも先生と同じような事が書いてありました。先生の霊視で適切なアドバイスをお願いします。

A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。あなたの親友は除霊が緊急に必要です。但し、その親友とは上手に、そして必ず絶交して下さい。あなたにとって、とても危険な女性です。悪霊から避難して下さい。狂人に刃物です。

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Q父の自殺がきっかけでした。そして弟が一番の犠牲者でした。男と女は所詮肉欲で繋がっているのでしょうか。人を愛することは良いことのはずなのに、なぜ多くの人を不幸にするんでしょうね。長文になると思いますがお許し下さい。山内先生にお読み戴きたいのです。私の気持ちを先生に伝えたくて・・・。人間は男と女しかいないし、結婚していても夫以外の他の恋に落ちることはあるのかもしれません。恋に落ちた人達に石を投げることは出来ませんが、一つの恋が周りの人々をどれほど傷つけて、どんなに多くの涙を流させるか、子供の人生まで左右するのかと思うと複雑です。結婚していながら、他の人を愛してしまった方を非難しているのではありませんし、不倫の後、別の人と子供と共に生活したら子供に悪影響を与えると解釈されたら困るな・・と思いつつ、自分が歩んできた感想を書かせてもらいました。あまり時間が無くて、他の方の書き込みを熟読していないのですが、親が不倫・別居した時に子供がどのように感じるか・・・というようなことが書かれていたので、つい自分の子供の頃を思い出しました。何の役にも立たないかもしれませんが、このように感じ、このような結果に至ったという一つのサンプルとして私たち兄弟のことを書いてみたいと思います。私は★人兄弟です。兄・私(女現在★★歳)・弟。年は★歳づつ離れています。私たちが1★歳、1★歳、1★歳の時に父が病気を苦にして自殺で亡くなりました。一年ほど母子家庭として過ごしましたが、母は勤め始めた会社で★歳年の若い男性と付き合い始めてしまいました。当時その方には家庭があり、姑、妻、二人の子供(小学生の男女)がいましたが、男性は自分の家庭を捨てて、我が家に住み着いてしまいました。今思うと、相手の奥さんと子供達がどんなに苦しんだだろうと思います。私の夫も最近不倫をして舞い上がってしまい、彼女に「妻と別れて結婚したい。」と言い、相手も本気でそう望んでいたのです。結果今は熱も冷めて、毎日家に帰ってきますが、それでも心の痛手は相当な物で、あの時本当に捨てられてしまったらどんなに辛いだろうと考えも及びません。私たちの母は、不倫で相手の家庭を壊した人になりました。父親を失った相手の子供さんも気の毒ですが、父親が亡くなってわずかな年月でわけがわからぬまま他人が同居するようになった私たちも酷いストレスでした。母親は子供にとってかけがいの無い存在で、神聖であってほしい存在でした。でも私たちの母は、子供のためよりも自分達の人生を優先したのでした。我が家の小さな三畳間が彼らの部屋になり、脱衣所もない小さな家で、私は男兄弟たちと一緒に寝起きしていました。1★歳の女の子にとって、劣悪な環境だったと思います。私は母親を軽蔑して、相手の男の人を毛嫌いしていましたが、経済的に親に頼らなければ生きていけないのでジリジリした気持ちで過ごしていました。居所の無い苛立ちで1★歳の時、街で知り合った男性と付き合い始めて彼のアパートに転がり込んだりもしました。1★歳でスーパーマーケットのレジで働き始め、今の夫とめぐり合い、必死にお金を貯めて2★歳で結婚したもの、自分の家に居たくないことも大きな原因でした。母とその連れ合いの不倫は私にいろいろな影響を与えました。親はけっして完全な存在ではないこと。子供には親の人生を左右できる力が無いこと。親が私よりも男を取ったのだから、私はそんな親に頼るまい。と腹をくくって、自分の人生を切り開いていったこと。当時は辛かったけれど、その辛さは私に成長をもたらしてくれたと思っています。でも、私はたまたま運が良かっただけかもしれません。母の不倫は私にはこのような結果を残しましたが、弟にとっては彼の人生に取り返しが付かない傷をもたらしてしまったような気がします。母とその人が暮らし始めたとき、弟は小学校★年生でした。高校生の兄は半ば無視していたし、私は反発。でも、弟はその男性とうまく付き合っているように見えました。一緒に旅行にも連れて行ってもらったり、継子のようには見えませんでした。でも、彼の心の中では母親を奪ったこの男性について憎悪の炎がくすぶり続けていました。弟は現在★★も終わろうとしていますが、精神をわずらっています。鬱病なのです。精神病院に入院もしました。メンタルクリニックでは駄目でした。数年前は大暴れして母の手をねじ折って大怪我をさせてしまいました。精神科でよく自分の幼い頃のこの出来事が根本になっていると訴えているようです。なにが原因かは本当のところわかりません。が、やはり母のことが無関係とは言いきれないのです。相手の男性の子供は、母親と自分達を捨てたこの人に会いたくないと言っていたそうです。でも、その子たちが成人式や結婚する時に元の奥さんは「あなたは何もしなかったんだからお金くらい出しなさい。」と多額の金額を請求してきました。当たり前のことだと思います。当時母とその人はいろいろな問題で自己破産していたのですが、払わないわけにはいきません。兄が肩代わりしてお金を作りました。総額で200万円ぐらいになります。母とその人は現在も経済的に困窮して日々の生活費にも苦しんでいます。不倫の果ての報いなのでしょうか。母が親としての人生よりも女としての性欲の喜びを選択したとしか思えません。だから弟は頭が狂ったのです。弟は子供のころ母とその人が裸で抱き合ってセックスしていたところを何度も目撃したようです。弟はそれがトラウマになっていたのでした。長くなって、ごめんなさい。

A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。メール。ありがとうございました。

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Qよろしくお願いいたします。神奈川県横須賀市★★からです。精神病の妻の自殺の事で山内日豊先生のご教示をお願いしたいと思います。妻は38歳です。本来は健康的な女性でした。先生のこのサイトの本来的趣旨とは異なる質問ですが、是非ご教示いただければ幸いです。私は★★歳の男性です。私も妻も、それぞれ診断名は異なりますが、★★★の精神科で治療中です。本題は自殺した娘と妻のことです。新聞報道でご存知とは思いますが数ヶ月前、境界型人格障害の一人娘(★★歳)が自室(★★)から投身自殺しました。思いのほか多くの香典を頂戴し、香典返しを寄付に代えたいと妻と相談して決めました。娘と同様な病気の研究あるいは治療に役立つ機関に寄付したいのですが、どういうところが良いのかまったく分かりません。 そこで、先生のお教えを請いたいと思い、メールをさせていただきました。以下、娘および病気の経緯を述べさせていただきます。娘は女子高校卒業後、厳しい就職戦線を経て、昨年4月、第一志望だった外資系★★ホテルに就職。中学以来の夢であった★★職人となりました。★★職人は夜勤もある仕事ですが、毎日、本当に楽しそうに働いておりました。職場の人間関係も良好で、会社で唯一の未成年であった彼女は、先輩や上司の方々に可愛がられたようです。ところが、わずか3ヵ月後、職場のホテル前で「足が動かず、どうしても中に入れない」と泣きながら妻に電話してきました。「うつ病では」と直感した妻は、娘にタクシーで帰宅するように伝えるとともに、自宅に近いクリニックを受診させ、そこでうつ病と診断されました。そのクリニックの医師は、いわばうつ病のプロのような感じで、その医師の深い知識と人間性に妻はほれ込んだようです。人の好き嫌いが激しかった娘も「この先生なら」とすぐに信頼できたようです。以来、娘は妻とともにそのクリニックに週1〜2回のペースで通いながら自宅療養を続け、会社は1年間の休職扱いにしていただきました。一方、妻は、その1ヶ月前に乳がんの手術をしたばかり。術後のホルモン療法に伴う副作用(強まる抑うつや体の痛み)と闘いながら、文字通り、娘と一心同体となって支えてきました。私はといえば、実は上記の期間は入院中で、娘の発病を知ったのは1ヶ月の入院を終えてからでした。娘は一日も早く元気になって職場に戻りたいという一心で、自宅療養の日々を送りました。調子のよいときは、主治医に自作の★★を持っていったこともありました。私たち夫婦は、「うつ病は薬で治る病気だから」「薬の助けを借りて、ゆっくり焦らずエネルギーを蓄えれば職場に復帰できるから」と娘を励ましていました。当初は、一年も休職することはないだろうと楽観的でもありました。しかし、秋が来て冬になり、春を迎えても娘はよくなるどころか、徐々に強い薬に変わり、その量も増えていきました。「死なせてほしい」と泣いて訴えることも少なくありませんでした。娘がクリニックに行くエネルギーもなかった4月始め、妻が独りで薬をもらいに行ったとき、主治医は「うつ病ではなく境界型人格障害という病気の可能性が高い」と言われました。また、「薬では治らない難しい病気だが、★★作りに打ち込む娘さんの職場復帰がうまくいけば治る可能性も5割あります」と。精神病が霊的障害であることを、私たちは先生のサイトを読んで初めて知りました。 もちろん、主治医の言う5割に賭けて・・・。主治医によれば、境界型人格障害の患者が抑うつ状態に落ち込むと、「砂漠にたった独りで取り残され、誰も助けに来てくれない、筆舌に尽くしがたい絶望感に襲われる」とか。ただ、リストカットや自殺未遂といった行為はありませんでした。夏になり、職場復帰のために主治医に診断書を書いてもらい、娘は職場復帰の打ち合わせをするため、独りで会社(ホテル)に行きました。娘は生理前の月初がもっとも不調で、5日もはたして会社で行けるかどうかという状態でした。ハラハラしながら待っていた自宅に、娘はうれしそうな声で電話をかけてきました。「とってもいい条件で、復帰できることになったんだよ」と。2週間後から、週3日5時間の日勤で様子を見ましょうという条件でした。ところが、その日の夕食はほとんど口にせず、妻に「会社に戻りたくない」と。翌日も食事はほとんどとらず、1日3回限度の頓服も夕方には飲みつくしてしまいました。「様子がおかしい」と感じた私たちは交代で起きていることにしました。午前1時過ぎに地震があり、1時半ごろ妻が「1人では眠れない」と言うので、娘の部屋を確認して、私も寝室で眠りました。午前4時前、ふと目覚めた妻が娘の部屋に行ってみると、電気がつき、ベランダ側の窓が開いていました。私がベランダに出て、下を見ると・・・。娘は、パジャマからお気に入りのワンピースに着替え、いつも一緒に寝ていたぬいぐるみを抱えて、とびおりました。遺書も残していました(娘の自室ではなく、食卓においてあり、当初は気づきませんでした)。顔に外傷はなく、今にも目覚めそうな安らかな顔だったことが、せめてもの救いでした。あとで娘の部屋の卓上カレンダーを見ると、職場復帰予定日の欄には「出勤」と書いてありました。職場復帰の喜び以上に、絶望的な不安感に襲われたのでしょうか? どんな気持ちだったのか・・・。 ちなみに娘に、霊的障害のことは知らせていませんでした。子供時代の娘は「あのおもちゃを買って」などといった駄々をこねることが一度もなく、たくましくとても活発でした。私たちを困らせたのは唯一、中学3年の終わりのことでした。授業の一環として行われた職業体験で、知的障害者の方たちが運営する★★屋さんで実習したことが★★職人を志望するきっかけだったようです。娘の学校は中高一貫の女子校で、形だけの入学願書を提出する必要がありました。その期限が迫ってきた中学3年の2月、娘は突然、「高校へは行かず、★★屋で修行する」と。私は思案の挙句、次のように答えました。「あなたが★★屋になりたいのは知っていたが、そこまで真剣だとは思わなかった。 あなたのことだから、よくよく考えて決断したことだろう。だから、決して反対するわけではない。 ただ、高校時代は人生の中で最も感受性の強い時期で、父さんもそうだった。映画や音楽、文学、社会問題・・・いろんなことに興味を持つようになる。 もしかしたら、おまえも★★職人以外の道に惹かれるようになるかもしれない。 あるいは、★★屋に就職して『こんなはずじゃなかった』と後悔しても、後戻りはすごく大変になる。 子供の可能性をできるだけ広くしておくことが、親の責任だと父さんは考える。 どうしても★★職人になりたかったら、高校に通いながら、★★の専門学校の夜間部を探して入学してはどうか? それを1年間やってみて、やはり高校を辞めたいと思うなら、辞めてもいい」と。結局、娘は自分で探した専門学校夜間部に週3日・2年間通い、高校も無事卒業しました。高校を辞めなかったのは体操部に所属していたからだと思います。小学校からずっと新体操を続けていましたから。高校2年の冬休みには一人でフランス・パリに行きました。体操部の先輩がパリに留学していて、★★屋になりたいのだったら「ン★★のたくさんあるパリに来て見れば」と誘ってくださったからです。就職が決まった高校3年の1月から3ヶ月はアメリカ・サンフランシスコに語学留学しました。「英語の勉強はこれで仕上げにして、就職後に余裕ができたらフランス語を勉強したい」といっていました。長々と書き連ねてしまいました。申し訳ありません。娘の自殺後、妻は後追いしかねない状態となり、かつ、食事と睡眠が取れないため、先月★★大学病院の精神科に入院しました。娘は自殺という結果となりましたが、自宅の近くに信頼できる医師のいたことは非常に幸運だったと痛感しています。ほとんどの家族は、遠くの医師(病院)に通われていることでしょう。単に研究機関だけではなく、そうした地域医療に役立つような寄付先があれば、寄付したいと思っています。そして今後どのように妻に接していけば良いのか先生に是非ともアドバイスをお願いしたいのです。娘の後おいで妻も自殺するような気が致します。妻は死にたい死にたいと言っています。妻の命を助けて頂きたいのです。最愛の妻です。

A護国寺鹿児島別院。山内日豊です。お電話下さい。0995−64−8222

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